漫画家・榎本俊二 フロンティアスピリット溢れる新作『ザ・キンクス』。突飛な表現のなかにも「家族の絆」を感じる傑作のたのしみかた

マンガ

PR公開日:2024/3/2

ザ・キンクス
ザ・キンクス』(榎本俊二/講談社)

 これまで30年以上にわたりシュールや不条理、ときにはエロ・グロなども内包するギャグマンガを追求し続けてきた漫画家・榎本俊二さんによる『ザ・キンクス』は、錦久(きんく)家の日常を描いた漫画だ。長年つちかってきた技術と経験を「家族」という型にこれでもかと詰めこんでおり、いっけん普通のようでいて、予測の範疇にちっともとどまってくれない意欲あふれる作品になっている。

『ザ・キンクス』は父、母、姉、弟の4人に、祖父と祖母も加えた6人の家族全員が主人公。異世界にも行かないし、ネコ型ロボットが未来から来ることもない。それにもかかわらず、錦久家の普通の日常は、いつのまにか普通ではなくなってしまうのだ。

 例えば、親と生徒と先生による三者面談はどこの学校でも行われているだろう。普段はあまり行事に出向かない母親が「心の準備がいるから……」と面談に出ることをイヤがることもままある話だ。しかしいざ面談に向かうときには父親が加わり、たまたま祖父と祖母にも出会ってしまい、結局「六者面談」になってしまうのはちっとも普通ではない。誰の面談だかわかったものではない。

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 奔放なストーリーやマンガ表現には、長年ギャグマンガを描いてきた榎本俊二さんならではのスピード感と余裕に満ちあふれている。「同窓会行くの?」と聞かれ「行かない」と答えたすぐ次のコマではもうおめかしをして同窓会に向かう。芝居の台本を頼まれ、「断る」と明確な意思を表明した次のコマではもう台本を書きはじめる。その間にはきっとさまざまな葛藤や交渉などの紆余曲折があったであろう場面でも、ばっさりと切り捨て次のシーンに行ってしまう。このスピード感は今作の魅力的な部分だ。描かれていないからこそ想像をかきたてられ、なんとなく気になってしまうのだ。

 また、作品の顔となりえる第1話から劇中劇をネタにし、ふたつの続いているはずの話の掲載順序が時系列と関係なくいれかわっているなど、メタ的な展開も随所に入れこみ、ギャグマンガとしての懐の深さを見せつける。

 一度きた郵便配達が、配達忘れを再び届けにくる描写など、いっけん意味があるのかないのかわからない描写も満載。「いまのはなにか意味があったのではないか?」と思わされてしまったときには、もうすでに錦久家の魅力にとり込まれてしまっているのだ。

 そんな突飛な表現にあふれていながらも『ザ・キンクス』ではどこか、彼らの間にある強い家族の「絆」の強さを感じさせる作品でもある。母親が娘に対して「絶対、父親似だよね」と言い放った直後に、ふたりして側溝に足をとられたり、娘むこが来てくれたことを表向きは嫌がっている祖父だが、内心は喜んでいたり。これほど実験的な漫画にも関わらず、さらりと涙腺に訴えるヒューマンドラマの要素すら内包しているのは驚きしかない。

 最後にもうひとつ。今作では1話ごとに『ザ・キングス』というタイトルが効果的に使われている。多くは場合、見開きを使い全面に大きく描かれており、どの話のタイトルからも並々ならぬ気合を見てとることができる。

ザ・キンクス P64-65

 冒頭に出てきて、そのエピソードの空気を表しているものだけでなく、話中で描かれるエピソードをつみかさね、それが最後にタイトルのデザインにいかされ満を持して披露されることもある。作品タイトルさえもメタ的な漫画表現のひとつとして利用されているのだ。

 ハートフルな家族の物語でありながら、大衆的なマンガに飽きてしまった人や、新しいマンガを探し求めている人にも刺さる開拓精神にあふれた実験的なマンガでもある。各話のタイトルにも注目しながら、ぜひこの非日常の日常を堪能してほしい。

執筆 ネゴト / たけのこ

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