【ダ・ヴィンチ2016年5月号】今月のプラチナ本は 『西洋菓子店プティ・フール』

今月のプラチナ本

2016/4/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『西洋菓子店プティ・フール』

●あらすじ●

独立と婚約を理由に、フランス人シェフが営む正統派パティストリーを辞めた亜樹は、下町のお菓子屋さん「西洋菓子プティ・フール」で働いている。そこは、頑固な職人肌のじいちゃんと優しくも芯の通ったばあちゃんが営む昔ながらの店。今どきの垢抜けた新しさはないけれど、変わらない安心の味を求めて店には今日も人々が訪れる。胸の内にそれぞれの事情を抱えながら……。「プティ・フール」とは、一口サイズのお菓子のこと。小さいけれど、奥深く、個性豊かで宝石のような6つの物語が収められた短編集。

千早 茜
文藝春秋 1350円(税別)
写真=首藤幹夫

編集部寸評

 

落胆と裏切りの味を知るひとにこそおすすめ

このタイトルにこのカバーデザイン、ふんわりと甘い物語を期待して読み始めたら、思いのほかビターな味わいが仕込まれていて、それがとてもよかった。実際、本格的な洋菓子は甘いだけではない。カカオやオレンジピールの苦み、ピスタチオの背徳的な濃厚さ、ぎりぎりまでたっぷり効かせたアルコール─などなど、子どもにはまだ楽しめない要素こそが味の鍵となっている。本書もまさにそうで、下町の洋菓子店が舞台、と聞いてパッと思い浮かぶような恋と人情の物語に、いくつかの落胆と裏切りを味わってきた大人にこそすすめたい苦みが加えられている。ぺらぺらしゃべるのではなく、黙々と手を動かす職人たちは、作品に思いを込める。でもやっぱり言葉でなければ伝わらないものもある。その矛盾と葛藤が、ひとつひとつの菓子を彩っている。

関口靖彦 本誌編集長。かつて連載を担当させていただいていた新海誠監督『小説 言の葉の庭』が文庫化され、好評発売中です。こちらもビールとチョコレートの苦みが効いた物語。ぜひご一読ください。

 

あなたの人生における“甘さ”とは?

「甘さっていうのはな、人を溶かすんだよ。ほっと肩の力を抜けさせる。でも、ただ甘いだけなら馬鹿でもできる」。ケーキは食べられる小さな芸術品によくたとえられるが、それは見た目だけではなく、味わいについても言えることだと思う。予想外の複雑な甘さ、口当たり、口溶け。ケーキほど一口ごとに驚きをもたらしてくれる食べ物はないのではないだろうか。本書には、ケーキにまつわる薀蓄をちりばめながらやや異なる読み心地に仕上げた6つの短編が詰められている。洋菓子について無知でも読み終えるうちに好奇心が刺激され、かなりの知識が得られるだけでなく、まるでケーキを味わっているような読後感が得られるのは、著者の洋菓子への愛と敬意の賜物か。人生において自分にはどんな甘さが必要なのか。そんなことも考えさせてくれる。

稲子美砂 単行本化3冊目『短歌ください 君の抜け殻篇』が発売になりました。連載分に加え「本とカレー」「本とコーヒー」特集掲載分も収録。陣崎草子さんの素晴らしい装画は161Pを参照ください。

 

味を極めるだけでなく、分かちあうこと

読みながら、ケーキが食べたくなる短編集。なんといっても魅力的なのが、主人公・亜樹のじいちゃん。下町の頑固な職人の感じも素敵だが、そんなじいちゃんがふいにスイーツをなまめかしく女性に譬える様子に毎回ドキッとする。それが、なんとも粋でかっこいいのだ。このじいちゃんに似たのか、亜樹もまた、まっすぐな職人タイプだ。二人とも、いいね。かっこいいね。と思いながら読んでいたのだが、5話目の「ショコラ」のなかで、亜樹のばあちゃんが笑顔で発した言葉に、はっとした。「あの人も亜樹も狭い世界で生きているんですよ。職人さん特有の。自分の常識や言葉が通じる人としか接してきてないんです」。なんだか、自分にもあてはまる……亜樹もじいちゃんも、このばあちゃんと祐介の存在に、だいぶ甘えさせてもらっていたのだなあ。

服部美穂 今号でダ・ヴィンチを卒業いたします。この14年間、本当にたくさんの経験をさせていただきました。読者の皆さまからの感想、毎回とても励みになりました。どうもありがとうございました!

 

スイーツは甘くてかわいいけどなんだか強い

クールで真面目なパティシエール“亜樹”の物語。彼女のほかにも魅力的な女性たちが登場するが、その中で心ひかれたのは“ミナ”だ。おしゃれに敏感で見た目もかわいいネイリスト。今時の女の子的描かれ方をするミナだが、彼女の目を通して見るスイーツ、ネイル、そして女の人。それらは驚くほどに魅力的になり、彼女の感受性の豊かさとそれを吸収しても動じない強さを教えてくれる。華やかで甘い、でも食べたら忘れない。そんな極上スイーツみたいな女の子だった。

鎌野静華 銀座の宝飾店を訪問。すると抹茶とともに「ご近所の」と言って「空也」の和菓子を出してくれた。同じ銀座に店を構える人々の気概を感じた一瞬。

 

甘いものが食べられるようになりました

パリブレスト……? 知らない単語が出てきたと思ったら、それは「濃い。まるで容赦のないお菓子」(本文121頁より)と説明がある。気付けば口の中ではじわじわ欲の汁が広がっており、たまらず画像検索をすると……これはリングシュー(食べたことあるよ)!?生地の舌触りが思い出され、イメージが補完される。恥ずかしながらフランス菓子に関する知識がなかったからこそ、お菓子の素材や味、職人の技術や意図、全てがまるまる新鮮に流れ込んできた。男性にもオススメ!

川戸崇央 おそ松&乙一特集をW担当。乃木坂46・高山一実さんの小説新連載「トラペジウム」も開始。タイトルは台形など様々の意味を持つ言葉です。ぜひご一読を。

 

ちくちく心に刺さるほど「わかる」

一番夢中になったのは、スミに恋するミナの視点で描かれる章「ロゼ」。ミナの言動は読んでいて、とてもつらい。私が彼女の友人なら「そんな男もうやめとけ」と言うはずだ。だけど、恋は理屈で止められないのも知っている。ラストにかけてのミナの言葉がチクチクと胸を刺す。〈自分を卑下しても、自分が好きになったものを否定しちゃダメだ〉。著者の作品は、時にまるで心を針で刺されているような、「痛み」に襲われる。それくらい、共感という“刺さるパワー”があるのだ。

村井有紀子 “松パーカー”を買うほど好きな『おそ松さん』特集を担当できて、幸せ! 今月号からスタートの塩田武士さん新連載(P102〜)もお見逃しなく。

 

読めばもれなく洋菓子を食べたくなります

良くも悪くも職人気質で、人付き合いにおいては不器用な亜樹。彼女が作る洋菓子は、恋人や祖父母や周りの人たちと交わるたび、これからもっと心温かでスイートになっていくのかもしれないなぁ。最後の3ページを読み終えてそう思った。登場するたくさんのお菓子と同じように、甘いにおいが漂う読後感。じいちゃんはもちろん素敵だが、全部わかっていながらそっと見守るばあちゃんの凄さ。数えるほどのばあちゃんの台詞一つ一つが、真をついていて優しくてかっこいい。

地子給奈穂 ここ半年くらい「パフェ食べたい病」。そんな中で本書を読んだので、症状は悪化の一途。結局なんだかんだで食べに行けておらず。発作が出そう。

 

あまいだけじゃない、味わい深さ

可愛らしい見た目のケーキにフォークを入れてみると、かなりお酒の効いた果実が入っていたりして、驚かされることがある。でも、それが美味いのだ。各章にケーキにまつわる名前が使われている本作では、様々な事情を抱えた大人たちが登場する。そんな彼らは表題にもなっている下町のお菓子屋さんで交差するのだが、面白いのはそれぞれから見た他の人物たちの姿が、どれもまぶしく映っていること。外と内のギャップが彼らに味わい深さを与えている。ケーキと一緒だ。

高岡遼 「乙一特集」を担当。乙一さんの全面的なご協力をはじめ、20周年の節目に集結下さった〝盟友〟たちの顔ぶれの豪華さ! 幸せな特集制作期間でした。

 

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