「無料」からお金を生むしくみを説いた、珠玉のビジネス本

ビジネス

2018/2/23

『フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(クリス・アンダーソン:著、小林弘人:監修、高橋則明:訳/NHK出版)

 あるお笑い芸人が、自身が著した絵本をネット上で無料公開し、大きな話題を呼んだ。様々な賛否が飛び交う中、結果的には大ヒットを記録し、人々の記憶に残った。コンテンツを無料公開しても「利益」につながることがある、と。

『フリー 〈無料〉からお金を生みだす新戦略』(クリス・アンダーソン:著、小林弘人:監修、高橋則明:訳/NHK出版)は、「無料かつ自由」になるデジタルコンテンツの潮流や、その市場について深く考察した1冊だ。
「モノの価値がゼロ」という経済学者でさえ答えに窮するようなこの問題を解説した本書は、たちまち世界中でベストセラーになった。本書は約10年前にアメリカで出版されたものだが、今読んでもその先見性にはうなるしかない。

 本書では「フリー」の歴史、もたらす経済効果、儲ける仕組み、消費者の心理などを400ページにわたって語りかけるように解説している。すべてを紹介することは到底できないので、その一部をほんの少しだけご紹介したい。

■大量の顧客をつかまえて大量に分配する「最大化戦略」

 ネット上では無料のサービスが当たり前になりつつある。通信料さえ払えば、無料で情報を検索できるし、メールだって使える。誰かがアップロードしたオモシロ動画も無料で視聴できるし、会員登録すれば企業のサービスも受けられる。
 しかしそれは消費者側の視点であって、その情報を提供するためにたくさんの人々が働いているし、メールサービスを管理するサーバーは今日もフル稼働だ。無料の向こうにはあらゆるコストが存在する。ならば、なぜ収益化できているのだろう?

 無料が持つ強みの1つは、「顧客を獲得しやすい」という点だ。わざわざ説明するまでもない、無料ならばみんな寄ってくるのだ。「無料」で顧客を獲得して、それから消費へつなげる。そしてもう1つ、情報社会にはこの「無料」を「分配する費用(コスト)がゼロ」という利点も存在する。

 たとえば、かつて新聞にはパンパンに広告がつまっていた。その広告を読んでもらうためには、配るための人件費がかかるし、そもそも購読契約してもらう必要もある。新聞や広告をすべての人に届けたいと思っても、それはなかなか難しい。
 一方、ネット上では無料コンテンツを無限に届けることができる。名のあるサイトでコンテンツを公開すると、あっという間にその情報が広まる。両者を比べると、その波及力の差は段違い。結果的に大量の顧客が獲得できる。

 このように大量の顧客をつかまえて大量に分配する方法を、本書では「最大化戦略」と呼んでいる。そしてこれを最も得意としているのが、今日のGoogleだ。彼らは「フリー」を武器に、世界で最も稼ぐ企業の1つに名を連ねるようになった。

■海賊版が横行する音楽業界の行く末は?

 昨今では著作権や収益の還元を無視した「海賊版」、つまり「違法のフリー」が始終問題になっている。昨年にはある海賊版漫画サイトの管理人が逮捕され話題になったが、今でも検索すればいくらでも「違法のフリー」が出てくる。
 本書では、海賊版の本場とまで称される中国を例に挙げて、この問題を考察している。中国は言わずもがな、不正コピー大国だ。ありとあらゆる海賊版が横行するこの国で、クリエイターたちはそれと戦うのではなく、受け入れることを選んだという。不正コピーは「潜在的なファンを掘り起こす、コストのかからないマーケティング」と考えたのだ。

「香香(シャンシャン)」は「猪之歌(ブタの歌)」という楽曲で大ヒットした有名ポップ・アーティストだ。そのセカンドアルバムは約400万枚を売り上げたが、売上の大半が海賊版だった。彼女はこの売上に対する正当な報酬を受け取ることができなかったが、正規料金で売られていれば400万枚のヒットはなかったと考えることもできるし、このヒットのおかげでCMや多くのメディアに出演することができた。これに加えてコンサートツアーもある。この香香に限らず多くのクリエイターが「不正コピーを生みだす人々」はある意味「最高のマーケティング担当者」だと考えているらしい。

 このように、中国の音楽業界では不正コピーを受け入れ、別の方法で収益化する方向へシフトした。レコード会社は芸能プロダクションのような役割を担い、CM出演料の一部をアーティストから受け取る。もしくはコンサートのスポンサーを見つけてくる。あるレコード会社は「中国は世界の音楽産業のモデルになるでしょう」と予言している。
 決して海賊版を肯定するわけではないが、情報社会で経済活動をするならば、このような流れがあることも知っておくべきだろう。

「無料」というマーケティング活動は昔からあった。そしてインターネットの登場で、コンテンツがデジタル化し、無料があっという間に当たり前になり始めた。その波はものすごい勢いで今も広がり続けている。この最強の武器が今後のビジネスのカギを握ることは間違いない。
 何を無料にして、どのように顧客に届けていくのか。それをいかに上手く活用できるかが、情報社会で生き残るビジネス戦略だ。

文=いのうえゆきひろ