春の旅先を「のりもの」から考えてみよう! 池澤夏樹が語る「のりもの」旅

暮らし

2018/3/1

『のりものづくし』(池澤夏樹/中央公論新社)

 段々と暖かさを感じる日が増えてきて、春にする旅行のことを考えている人も多いのでは? 『のりものづくし』(池澤夏樹/中央公論新社)は、小説家・詩人だからこそできるユニークな移動や移住を続けてきた著者が、今までにした旅の思い出、そしてこれからする旅の構想を、「のりもの」に焦点をあてて書いた一冊だ。

 日本の「のりもの」といえば、なんといっても時間が正確なことで有名だ。私たちにとっては当たり前のように思えるシステムや決まりがむしろ珍しいものなのだということは、テレビやインターネットの情報でも、海外からのリアクションとあわせてうかがい知れる。

 たとえば、何両目に乗っているとスムーズに乗り換えられるという「乗り換え表示」は、日本(特に首都圏)では完成されており、アプリでもそうした表示は当たり前のようにしてくれる。しかし、2017年にロンドンの地下鉄では、そのより前段階にあたる「乗降位置表示」(どこに並んで電車を待っていればいいかの表示)をテスト導入したところ、「私の数十年にわたるノウハウが…」という悲しみの声がTwitterであがり、それに共感する人が続出したらしい。社会的にそうした表示が必要とされるかということに差があるので、イギリスの文化が劣っているというわけではないが、ちょっとした表示一つにしても国ごとに大きな違いがあることを知ることができるニュースだ。

 日本では電車が終着駅に着くと、座席を反対側に、つまり次の進行方向へ回転させることができるタイプの車輌がある。自動的に、あるいは車掌か乗客が手動で回転させる。著者はこのちょっとしたことに、こんな感想を持っている。

察するに、進行方向を向いていないとなんとなく落ち着かないと乗客が言った。それに対する細やかな心配りですべての座席は回転するようになった。そんなのどうでもいいことじゃないか、とぼくがひねくれた思いを抱くのは、フランスから始まったヨーロッパの高速鉄道TGVを知っているからだ。

 著者はこの指摘から、文化によって「快適さ」がどのように違うかという話に進むが、自分だけ逆向きに座っていることで中途半端な状況が生じてしまうため、マナーを優先してそれに従うことが多いのは日本らしい点だろう。

 本書には、電車だけではなく、タクシー、バス、レンタカー、エレベーター、フェリー、渡し船、クルーズ船、カヤック、気球、ヘリコプター、橇(そり)、馬など様々な「のりもの」が登場する。

「のりもの」に乗る時は、ほとんどの場合理由がある。ある場所からある場所へ。知っている場所から知らない場所へ。故郷から新天地へ。帰郷。あてのない(「あて」を探す)旅。著者は乗り鉄・撮り鉄の類ではないと冒頭で明言しており、「移動」そのものから学べることの面白みが本書では語られている。

自分の責任において好きなことをする。それを選べることが自由なのだ。わからなかったらカヤックに乗ってみるといい。なにが起こっても他人のせいにできない状況に身を置く快感がわかるはずだ。

「のりもの」に乗って行く先も楽しみだが、行く過程の「のりもの」自体にも楽しみを加えてくれる一冊だ。

文=神保慶政