白鵬へのインタビュー延べ100時間 “後の先”を極められなかった「心の問題」を語る

スポーツ

2018/3/9

『白鵬伝』(朝田武藏/文藝春秋)

 奥義を極めてみたい──。武道でも嗜(たしな)んでいない限り、そんなふうに思うことはあまりない。だが、『白鵬伝』(朝田武藏/文藝春秋)を読んでいて、「お、これはもしかすると、誰もが人生において使えるかもしれない」と直感させる、ある奥義を知ることになったのである。

 その奥義がどんなものかに触れる前に、簡単に本書の紹介をしておこう。本書は、元日経新聞記者だった著者が、8年間で延べ100時間にわたる白鵬へのインタビューをもとに構成した、渾身の評伝だ。角界トップに君臨する白鵬が、その体、技術、精神力を、試行錯誤の果てに、どう昇華してきたかを詳細に教えてくれている。

 本書が、その人となりを時系列にまとめた評伝と一線を画すのは、まるでミステリー小説のごとく、白鵬をめぐる伝説と謎が提示され、それらを著者が解き明かすのを、スリリングに楽しみながら読み進められる点にある。

●横綱相撲の奥義「後の先(ごのせん)」

 著者が追う伝説は、主に3つある。不滅と言われた大鵬の優勝記録32回を、白鵬が超えるに至る『大鵬越え伝説』。双葉山の69連勝に、白鵬が挑み、あと一歩という場面で、稀勢の里に敗北した『未完の伝説』。30歳を過ぎた白鵬が、受難の2年間を乗り越え、通算勝利記録を更新した『1048勝伝説』。

 この3つの伝説が生まれた背景にあったもの、それらを著者は、白鵬と対峙した8年間のやり取りの中から、解き明かそうと試みているのだ。

 こうした構成の本書において、2つ目の『未完の伝説』をめぐる記述の中で、冒頭に記した「奥義」が登場する。それが「後の先(ごのせん)」と呼ばれる戦法にして、横綱相撲の奥義である。

 その奥義を極めた人物が、1939年に69連勝を記録した、第35代横綱の双葉山だった。白鵬はこの記録を超えるため、双葉山研究に勤しみ、2008年からひたすら「後の先」の錬磨に励んだそうだ。

 一体どのような奥義かといえば、相撲の常とう手段である「先手必勝」を放棄して、「後手必勝」を決めることである。先手とは、立ち合いから積極果敢に攻めることを意味する。一方の「後手」とは、立ち合いでは、相手がぶつかってくるのを、まず受け止めることだ。

「なんだ、そんなこと?」と思われそうだが、白鵬に言わせれば、本番の土俵で力ある力士たちの立ち合いをまともに受け止めるのは、「とんでもないこと」なのだそうだ。

 そしてここからが奥義である。

 相手を受け止めながらも、その瞬間、身体の柔軟さや精神力によって、相手より先に自分の型を決めて、最後には勝利する。これが「受けて立つ横綱相撲」の奥義、「後の先」だ。

●人生とも通じる相撲道の奥深さ

 白鵬がどのようにこの奥義を会得しながら連勝街道を歩んだか。しかし結果として、なぜ、連勝記録が更新目前でストップしてしまったのか。奥義を極められなかった「心の問題」を、白鵬自身が語るくだりは、人生とも通じる相撲道の奥深さを教えてくれるのだ。

 本書は他にも、力士初の「断食療法」を敢行した際の心境や、一人横綱として国技をけん引した際の葛藤、さまざまな記録を塗り替えることの意義、宿命と運命に対する考察、メンタリティの重要性や力士としての矜持など、誰もが自分の人生に置き換えられる教訓が多く綴られている。まさに、人生と自分に勝利する、秘策の詰まった1冊である。

 その中でも、奥義「後の先」は、本書でぜひとも学んでみてほしい。

 人生にも受け止めなければいけない問題が、次々にやって来るだろう。それらをまずは「受けて立ち」、瞬時に、解決に向けた策を講じながら一歩踏み出し、勝利へ突き進む。誰の人生にとっても、有意義な奥義になるのではないだろうか。

文=町田光