死にたがりの少女は、ドSの主人を守れるか? 歪んだ妄執の跋扈する「天堂家」に何が…

マンガ

更新日:2018/9/25

『天堂家物語』(斎藤けん/白泉社)

 人を助けて死にたい――純粋な狂気に満ちた名もなき少女と、己の野望を果たすため彼女を利用しようとする名門旧家の子息を描いた『天堂家物語』(斎藤けん/白泉社)。大正浪漫の雰囲気ただよう世界観で繰り広げられる、伯爵家のお家騒動に血なまぐさい不穏な過去、そして身分違いの恋。謎をちりばめながら読者を飽きさせることなく引っ張っていくストーリー構成は見事である。

 とにかく登場する誰もかれもが歪んでいるのも、この物語の魅力だ。主人公の少女は便宜上“らん”と呼ばれているが、捨て子ゆえに名前がなく、育ててくれた“じっちゃん”を亡くして天涯孤独の身。空の上でまたじいちゃんに会いたいという一心で、己を顧みずにとにかく人助けに奔走する。その一環で助けたのが、川に身を投げた伯爵令嬢・鳳城蘭。一度中に足を踏み入れた者は二度と外には出られない――おそろしげな噂の漂う天堂家への嫁入りに絶望した彼女のかわりに、少女は当主次男の雅人のもとを訪れる。

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 が、山育ちの娘が令嬢になりかわれるはずもなく、あっさり見抜かれたうえ、卓越した身体能力と武術、そして「死にたがり」の性質を雅人に見込まれ、そのまま代役を続行することに。この雅人がまあひどいドSで「爺に向けられた妄執を自分のものにしたい」と歪んだ欲望をあらわにし、少女の生まれ育った家と大事な畑を燃やし、位牌を踏みつけにしてまで彼女を自分のものにしようとする。正直言って最低なのだが、続々と登場する天堂家の面々は、雅人が歪むのもさもありなんという顔ぶれ。

 兄である雅人の亡き父を今なお愛し、雅人を身代わりに支配しようとする叔母。現当主の娘で、雅人の美しさに惚れこみ、鳳城蘭すなわちらんを殺害しようとたくらむ美少女・晶。なぜか幽閉されている、晶と同じ顔かたちをした周は頭が切れるかわりに冷徹で、しかも淫乱。天堂家とも関わりがあるらしい殺し屋・鴉は、らんの物珍しさに雅人とはまた違う執着の炎を燃やす――。

 唯一、常識人とおぼしき雅人の書生・立花さんも何やら過去に縛られている様子だし、生きる意味を見つけられずに混乱するらんに「爺はお前の死ぬ理由だが、お前の生きる理由は俺だ」と傲慢に突き付けてくる雅人は意外といちばんピュアなんじゃ……と思ってしまうほど。らんに対する雅人の執着はやがて愛情に似たものに変わり、らんもまた、じっちゃんのかわりに雅人を生きるよすがと変えていく。2人の関係が少しずつ変化していくのもじれったくてイイのだが、近づいたと思ったところで、天堂家にふりかかる血の惨劇。

 らんを守るためあえてクビを言い渡し、冷徹に追い出した雅人と、雅人を想うと死にたくなくなってしまった自分に戸惑うらん。離れ離れになった2人は、それぞれ自分の想いを見つめなおし、やがて再びあいまみえるはず……なのだが最新5巻でらんは、天堂家とは関係ないところで命の危機に直面してしまうのだ。

 予想を裏切り続ける展開に、ページを繰る手が止められない。今もっとも続きが気になるマンガの一つなのである。

文=立花もも