人の心の傷ばかりを取り扱った“トラウマ”辞典! 気になる中身は…

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2018/10/1

『トラウマ類語辞典』(アンジェラ・アッカーマン、ベッカ・パグリッシ:著、小山健:イラスト、新田享子:訳/フィルムアート社)

 心の傷(トラウマ)は、物語やキャラクターに深みを与える大事な要素だ。主人公を襲うピンチや、暗い過去にグッと感情移入したことのある人は多いだろう。だがいざ書き手としてトラウマを描こうとすると、自身の体験や想像だけでは限りがあることも。もっとリアルなキャラクターを描くにはどうすればよいのだろうか…。そんな悩みを持つ創作者に薦めたいのが『トラウマ類語辞典』(アンジェラ・アッカーマン、ベッカ・パグリッシ:著、小山健:イラスト、新田享子:訳/フィルムアート社)だ。

■「トラウマ」のデータベース化に成功

 類語辞典とは、類似語や関連語を集めた辞典のこと。本書はそのスタイルにならって、人間の抱える多様なトラウマを118項目に分類し、各トラウマに起因する感情やストーリー展開などを「類語」としてまとめた斬新な辞典だ。

 それぞれのトラウマは「行動基準の変化」「そのトラウマが形づくるキャラクターの人格(ポジティブ面/ネガティブ面)」「トラウマに向き合う・克服する場面」などの7つに分割され、それぞれに具体的な単語やイメージがデータとして列挙されている。

 たとえば「五感のひとつを失う」トラウマの「ネガティブな人格」には「無神経・依存・衝動的」などが挙げられ、「トラウマに向き合う・克服する場面」には「愛する人に助けられ、その人の感覚を通じて生活を送っているうちに、新たな驚きを体験するようになる」などのイメージが提示される。

 各トラウマ発生から克服まで詳細に分析しており、ひとつのトラウマ項目をなぞるだけでも、短編小説の骨子ができてしまいそうだ。

■オーソドックスな事例から、こんな意外なトラウマまで

 幅広くオリジナリティある視点から各トラウマ事例が集められているのも本書の特長だ。

「失恋」「事故」「DV」など、日常生活やニュースでも見聞きするものから、「大量死の責任を追う」などの極端な例、さらには「パートナーの隠された性的志向を知る」など、なかなか自分では発想が及びにくいような例も多数挙げられている。「感情をあらわにしない家庭で育つ」や「同調圧力に屈する」などの微妙な感覚もきめ細やかにすくい上げており、さらには「過剰な美貌」など意外な要素もトラウマの観点から紹介している。

■トラウマを通じて浮かび上がる豊かな人間性

 本書では数々のネガティブな出来事を扱っており、中には直視するのもつらいような事例も含まれている。しかし各トラウマに向けられる視点は決して興味本位なものではなく、苦しむ人に寄り添おうという誠意が感じられる。

 本書では「トラウマの克服」がテーマのひとつであるため、暗い題材を扱いつつも、読後は意外にも人間のたくましさへの希望を感じるものになっている。自身も、若い世代の抱える闇をテーマに小説の執筆をしている著者ならではの編集方針といえよう。

 本書に示される事例はあくまで一例であり、専門的な医学的根拠に基づいたものではないため、内容の全てをそのまま現実社会にあてはめることは避けるべきだ。だが、未知の世界や他者の痛みを知ることは視野を広げる第一歩となる。

 本書は創作者だけではなく、深い人間理解や洞察力を求める人たちへの一助となってくれるだろう。

文=桜倉麻子