ホームで酒盛り? 公園で結婚式? 激変する「公共空間」の使い方

社会

2018/11/20

『あたらしい路上のつくり方 実践者に聞く屋外公共空間の活用ノウハウ』(影山裕樹:編/DU BOOKS)

「路上」とは、いったい誰のものなのだろうか。はじめは、誰のものでもなかったはずだ。それは人類全体に平等に開かれていた。しかし、文明が進むにつれ、それは「私有地」と「国(公)有地」に分かれた。「私有地」は他者の利用を制限できる土地である。それでは、「国(公)有地」とは何であろうか。自由に人々が利用できる土地なのか。違うのである。「国(公)有地」は国家と地方自治体のものなのだ。だから、「国(公)有地」を利用するには、国家や地方自治体に対して許可をとる必要がある。また、企業の土地をうまく利用するにも許可がいる。

『あたらしい路上のつくり方 実践者に聞く屋外公共空間の活用ノウハウ』(影山裕樹:編/DU BOOKS)は、この「公有地」を、なんとかして自由に利用できる場所にする実践のケースをいくつも紹介することによって、我々人類に、もう一度、「路上」を取り戻すことを促す内容になっている。

 例えば、大自然の中で、映画の野外上映を楽しむ方法、公園で結婚式を開催する方法、関西の京阪電車・中之島駅ホームに酒場をつくる方法、地域に溶け込む野外音楽フェスなど。これらすべて、実践に依拠しながら、失敗を重ねて成功に導いてきたドキュメンタリーとして仕上がっていて、これから路上で何かをやりたい人にとっては、この上なく参考になることは間違いない。

 むろん、実践するには、めんどくさい法律などを勉強し、国や地方自治体に許可をとったりする果てしない作業があり、とてもじゃないけど心が折れそうになることもあるだろう。しかし、これまで「公有地」と呼ばれていた場所で、自由に振る舞えるという味を知ってしまったら、もう我々を止めることはできない。もともとは、誰のものでもなかったのだから。これは一種の革命前夜である。筆者は、ここから何かが始まる予感がする。路上で、何かをするということは、じつに革命的なことなのだ。

 昔、高円寺の社会運動集団・素人の乱が、高円寺の公共空間でコタツを出し、みかんを食べていたが、高円寺に住む筆者は、それを見て、密かに興奮していた。あの気持ちの高ぶりは、国家権力をバカにしていることへの爽快感だったのだ。

 日々、警察の取り締まりが厳しくなり、外で何かをやることが、窮屈になっていく世の中で、小さい実践から空気感を変えていくことは、微々たるものだけど、やっていくべきことだと思っている。それが、本当の自由を守ることにつながるように。

文=神田桂一