「痩せればすべて上手くいくのに…」ーー”ダイエット依存症”という病理

健康・美容

2019/1/18

『ダイエット依存症』(水島広子/講談社)

 拒食症の一歩手前までいったことがある。食べないダイエットをするうちに食べることが怖くなり、食べ物を受けつけなくなってしまった。病的に痩せていく自分を見て危機感を抱き、家族の支えもあり徐々に回復していったのだが、いまでも常に「痩せたい」という気持ちを抱いている。

『ダイエット依存症』(水島広子/講談社)の著者は、摂食障害まではいかないものの、痩せることにとらわれることを「ダイエット依存症」と呼んでいる。

 対人関係が苦手なヒトミさん。嫌われないようにと「空気を読む」ことに一生懸命になり、「痩せさえすれば」それも乗り越えられるような気がしていた。無茶なダイエットを重ねるうちに、「痩せさえすれば、大学生活をもっと楽しめるのに」「痩せさえすればもっと流行の服が着られるのに」「痩せさえすればカッコいい彼氏ができるのに」と、現在足りないものをすべて「痩せさえすれば」に結びつけるようになった。

 ヒトミさんは治療を受けることになり、治療の中でいままでの親子関係にも焦点が当てられ、いかに母親がヒトミさんに不適切な評価を下し続けてきたか、ということが確認された。母親は涙を流してヒトミさんに詫び、自分の不安を押しつけていたのだということを認めた。治療の中で繰り返し自分の感じ方を肯定されることで、ヒトミさんは徐々に「コントロール感覚」を得ていき、ダイエット依存症は改善されていったという。

 ダイエット依存症のキーワードは、「コントロール感覚」である。コントロール感覚は、「健康なこだわり」と「苦しいとらわれ」を分けるものだ。「健康なこだわり」を持つとき、こだわりの対象に対しても、自分がこだわっているという事実についても、コントロール感覚を持つことができる。しかし「とらわれ」の場合、その行為は「自分が事態に対処する一つの形」などではなく、「事態に対処できない自分が、かろうじて生きていくためにしがみついている唯一の形」なのだ。

 では、どうすれば健全なコントロール感覚を持つことができるのか? それは、「自分のありのままを認めるところからしか始まらない」と著者は言う。現状についてあらゆる評価を手放すこと、つまり「ダイエット依存症」ということについても評価を手放すことだ。「ダイエット依存症」に陥るのは、プチ・トラウマを積み重ねた結果であることが多い。そんな中で体形という「形」にとらわれるようになり、「ダイエット依存症」になってしまう。

 まずはその全体を、評価を下さずに認めるところから、癒やしが始まる。そして自分の中の「痩せたがり」にも、なんら評価を下してはいけない。なぜかと言うと、「痩せたがり」は自分に対する評価が積み重なった結果としての強迫観念だからだ。「痩せたがり」から自分を解放するための第一歩は、いま、自分が「痩せたがり」の声を聴いているということに気づくことだという。

 日本はダイエット大国である。雑誌やテレビにはガリガリのモデルや芸能人ばかりが登場し、わたしたちは「痩せている=美しい」という洗脳を日々受けている。彼女たちに憧れ、ダイエットをするのは決して悪いことではないと個人的には思う。しかしコントロール感覚を失ったとき――。人は瞬く間に崩れていく。ダイエットをするすべての人に、「ダイエット依存症」という病理を知ってほしいと願ってやまない。

文=水野シンパシー