刑務所で「漫画の背景」を描いているってホント!? 絵を通して社会復帰を願う作者の「志」

マンガ

更新日:2019/2/20

『刑務所でマンガを教えています。』(苑場凌&JKS12/KADOKAWA)

 読者諸氏は「PFI刑務所」というものをご存じだろうか。刑務所は基本的に「官営」なのだが、実は中には「半官半民」の施設も存在する。それが「PFI刑務所」なのである。この刑務所には鉄格子がなく、大半は単独室で生活。さらに受刑者が職員の付き添いなしで移動できる施設まであり、従来の刑務所のイメージとはかなり異なっている。そして2007年に日本で初めて誕生したPFI刑務所が「美祢社会復帰促進センター」だ。山口県美祢市に造られたこの施設では、面白い試みがなされている。それは「センター生」と呼ばれる受刑者たちに「漫画の背景」を教えるというもの。『刑務所でマンガを教えています。』(苑場凌&JKS12/KADOKAWA)には、事の経緯から作者・苑場凌氏自らが感じた「奇縁」に至るまでが丁寧な筆致で描かれている。もちろん、本書の背景もセンター生たちの手によるものである。

 苑場氏によれば、この話は市から委託事業を請け負う会社を営む同級生から相談されたものだという。美祢社会復帰促進センターにはパソコンを使った刑務作業があり、センター生にパンフレットやチラシを制作させていた。彼らの絵のレベルを向上させるため、苑場氏は漫画の背景を描くことを提案。その結果、センター生が背景を描いた漫画が実業之日本社から発売されることになる。もちろんこれは苑場氏の漫画だが、別に氏がセンター生にタダで背景を描かせたわけではない。苑場氏の会社がセンターと契約して、背景制作の費用を支払っているのである。制作した背景はダウンロードサイトで販売もされているが、今のところ数百万円の赤字であるという。決して小さくない負担だが、なぜ苑場氏はこの事業を続けているのか。

 この活動のきっかけから辿れば、元々は氏が地元・美祢の歴史を調べているときに「白虎隊の少年が美祢で養育されていた」という事実を知ったことである。歴史好きの方ならご存じの通り、幕末に長州藩と会津藩は新政府軍と幕府軍に分かれて戦い、幕府軍は敗れた。白虎隊は会津藩の少年兵で構成された部隊であり、飯盛山で隊員たちが自刃したエピソードはよく知られている。その生き残りである飯沼貞吉が実は、2年間ほど長州で養育されていたというのだ。その事実を作品に残したいと考えた苑場氏は「何か」に動かされるように作業に没頭し、自費出版で『あずさ弓の如く』を上梓する。この本が先述の同級生の目に留まり、活動へと繋がっていくのだ。実は飯沼貞吉の世話をした家は苑場氏の高校時代の恩師に関わる人の先祖であり、さまざまな「縁」によって自身は動かされていたのだと氏は実感。「絵を通して物事に対する姿勢や考え方を変えてもらい、社会復帰をしてもらう」という志を掲げて、赤字の続くこの活動を続けているのである。

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 縁でいえば山口県出身の私がこの本を手に取ったことも、そうであるかもしれない。幕末の長州藩で特に著名な吉田松陰先生は「業の成ると成らざるとは、志の立つと立たざるとに在るのみ」と遺している。センター生たちの社会復帰を「志」に掲げた苑場氏は、正しく長州人の魂を受け継いでいると思える。なればこそ、氏の思いはセンター生たちに必ず届いているであろうと信じて疑わないのである。

文=木谷誠