「今月のプラチナ本」は、木皿 泉『カゲロボ』

今月のプラチナ本

更新日:2019/5/13

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『カゲロボ』

●あらすじ●

「人間そっくりのロボットが、虐待やイジメがないか監視しているらしい」と、ひそかに囁かれる都市伝説、“カゲロボ”。それは、学校や病院や家庭など、さまざまなところに現れる─。“カゲロボ”だと噂される女子中学生Gにまつわる日常を描いた「はだ」や、映画出演のアルバイトを持ちかけられた老人が知らず知らずのうちに罪を犯してしまう「めぇ」など、全9話を収録。日常に潜むささやかな“罪”と“赦し”を描いた連作短編集。

きざら・いずみ●和泉務と妻鹿年季子の夫婦による脚本家。テレビドラマ作品『すいか』で向田邦子賞を受賞。その他の作品に『野ブタ。をプロデュース』『Q10』など。初の小説『昨夜のカレー、明日のパン』は山本周五郎賞候補にノミネート、2014年本屋大賞第2位。本書は『さざなみのよる』(2019年本屋大賞6位)につづく、小説第3作。

『カゲロボ』書影

木皿 泉
新潮社 1400円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

見つづけているのは、罰するためなのか

「バチが当たる」という表現がある。神か鬼か、何かが自分の言動を見ていて、悪いことをすると罰せられる。「監視カメラなんだよ、カゲロボは」──本書冒頭で囁かれる噂のカゲロボは、バチ=罰を与える存在らしい。しかし読み進めるにつれ、その手触りは変わってくる。彼らは確かに人間を見ているが、罰するためなのか? 「なんで、私なの? クラスでも地味で、なんの取り柄もない私を、なんで見つづけてきたのよ」。この問いに対するカゲロボの答えを、本書で確かめてほしい。

関口靖彦 本誌編集長。連載「短歌ください」10周年記念イベントを開催しました。穂村さん、投稿者の皆さんに深く感謝。これからもたくさんの投稿をぜひ!

 

怖いけどその金魚はほしいかも

いろいろな“カゲロボ”を描いた9編からなる短編集。ほのぼのしたものから、ひやっとするものまで様々だが、個人的には「めぇ」が怖くて印象に残った。悠々自適に暮らす76歳の友子が、友人からアルバイトの誘いを受けるところから始まるこの作品は、現実とその裏側がひらひらといったりきたりする。予期せず自分が社会からはじかれそうになったら? ちょっとした歯車の妙で、いつか自分も友子のようなシチュエーションに立たされるのでは……と思わずにはいられなかった。

鎌野静華 イスタンブールに行ってきました。噂に違わず、サッカー観戦は熱狂的応援でした。そしてお菓子! 天国! 激甘OKの人にはおすすめです。

 

本のあちこちにひそむ守り神

誰かに見られている? その感覚が恐怖から安心に変わる時、何が起きているのか? 学校でも、職場でも、家庭でも、独りだと感じること。それを当然のこととしてやり過ごす各短編の登場人物たちは、誰もがけっこう傷ついている。その傷口はやがて彼らを冷たい場所へ運んでゆこうとするが、その最中で“何か”に見守られていると感じることが出来れば、あるいは。私はずっと、あなたを見ていました。そう言ってくれる存在は、もはや人間でなくても良い。著者の分身とも言える傑作小説。

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物語が傷を縫ってくれる

「きず」の章を読みながら、阪神・淡路大震災を思い出していた。〈当たり前だと思っていたことを全部否定されたような、すべてが揺らぐ、そんな感じ〉。被災地にいた当時、まさにそうだった。あの時、生きる奇跡に感謝したのに、弱い自分はすぐ〈そんな感じ〉になり、生きる今を絶望する。今作作中、神山先生が「傷つくのは、自分自身が惨めだと思ったときだけ」と言葉にし、そして「大丈夫」と“G”が言う力強さを読んで涙が出た。木皿さんは物語で読み手の「傷」も縫ってくれる。

村井有紀子 超絶多忙な時期にも関わらず根気よくやり取りして下さった中村倫也さんの連載「やんごとなき雑談」(P153)。とても素晴らしいのでぜひ!

 

好きすぎる作品はレビューが書きにくい!

「自分を傷つけられるのは、自分だけよ」最終話に置かれたこの言葉が胸を打つのは、この本が「傷つけてしまった側」に光を当てたものだからだろうか。自分を守るため人を傷つけ、傷つけたことに自分も傷つく姿は、どこか身に覚えがある。木皿さんのまなざしはそうやって、ふだん見て見ぬフリをしている傷口を、そして傷ついてはいてもまだ死んではいない誠実さを思い出させてくれる。いくつになっても傷つけたり傷ついたりしてばかり。そんな人生に寄り添う、お守りのような短編集。

西條弓子 これを書いている現在ゴールデンウィーク前夜。休みになると決まって体調を崩す私は、未曾有の10連休の後、はたして生きているのか不安です。

 

かわいい顔して油断できない短編集

街にロボットが紛れこんでいて、常に見られているとしたら。9編を通して描かれているのは平凡な暮らしだけれど、カゲロボを意識させるだけで世界をがらりと変えてみせる書きぶりがすごい。こんなにかわいい装丁なのに、なんというディストピア小説なのかと最初は思った。しかし「かげ」に登場する女性は、何も起こらない日常を見ていてくれた、とその存在に感謝する。いい行いも悪い行いもただ見つづけるカゲロボは、人が神様に求める役割を果たしているのかもしれない。

三村遼子 春からダ・ヴィンチ編集部に加わりました。これを機に会社の本棚の断捨離をするはずが、どの本も思い入れがありすぎて自宅行きの段ボール箱へ……。

 

現代に暮らす人々に宛てた、癒やしの物語

「自分の知っている世界はもうこの地球上にないのだ」この一文で思わず泣いた。自分の両親に、これまでの人生を土台から崩されてしまったミカの悲哀と絶望は、世界を一変してしまうほどのもの。絶望の理由は本書で確かめてほしいのだが、内容は取り扱い注意。必ず読み手の心をえぐる仕掛けがひそんでいる。しかし、特筆すべきはその傷の手当て。自然治癒で治るぎりぎりを踏まえての治療は、完治すれば以前より強くなる。本書の読了後、あなたの心は昔よりも強くなっているはずだ。

有田奈央 今月は大好きなMCU特集を担当! この文章を書いている現在は最新作公開前。推し(ハルク)の今後が気になってそわそわしっぱなしです。

 

私たちはときどき、“誰か”に救われる

ここで描かれるのは、日常の延長線上の罪や悪。そんな身に覚えのある痛みのそばに、“カゲロボ”はそっと存在し、近すぎず遠すぎないところから、私たちを見ている。「オレ、見てたから、わかるよ」「おまえ、よくがんばってたよ」。何の根拠もない励ましかもしれないけど、絶望から救ってくれるのは意外な人のまなざしだったり、それだけで案外簡単に前に進めたりするよなぁ。そうして痛みとともに歩む決意をした登場人物たちの姿に、明日を生きるささやかなエールをもらいました。

井口和香 踊って、食べて、飲んで、温泉に入って……と、私なりの贅を尽くしまくるゴールデンウィーク。連休明け、社会復帰できるか不安で仕方ありません。

 

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