「思春期」に抱いていた、あの感情は何だったのか? コアラが「かっこいいもの」に会いに行く!

マンガ

公開日:2019/6/27

『思春期コアラの一日』(中憲人/朝日新聞出版)

 コアラといえば24時間中20時間は寝ているといわれ、呑気なイメージを抱く読者も多いと思う。小生も先日、多摩動物公園でコアラを見てきたのだが、やっぱり木にしがみつき寝ていた。そして、日々寝て過ごすのがコアラのアイデンティティーだとも感じたのだ。それだけに若さ故の情熱なんて、全くイメージできない動物である。

 本書のタイトルは『思春期コアラの一日』(中憲人/朝日新聞出版)。「コアラの思春期」ってなんだ? あんな寝てばかりのコアラが、どんな思春期を過ごすのだ? もうこのタイトルだけで惹かれてしまった一冊である。その主人公である思春期のコアラが突然、「木にしがみつくとかダセ~」と思い立つことから物語は始まる。なら、草原を走り回るのかと思えば「俺は…もっとかっこいいものに、しがみつきに行く…」と、やっぱり思考はコアラなのである。

 では、その「かっこいいもの」とは何だろう? まず目を付けたのが「道路標識」。しかも「時速100km制限」だ。100という数字は、やはり格好よく見えるのだ。しかし、当然だが車はそのスピードで走っており、普段は呑気にしがみついているコアラは怖じ気づく。その後、街灯やジャングルジム、ロックフェスのステージの骨組みなどにしがみついてみるものの、どれもしっくりこない。さらには途中でキリンのおじさんと出会い、その長い首にも抱き着く始末だ。

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 事情を知ったキリンは「そもそも理想のつかまるものってあるの?」と尋ねる。コアラは「実は考えていた」と答え、スケッチブックに「理想のつかまるもの」を描いて見せる。それは大地に突き立つ巨大な剣の周りに龍が巻かれ、髑髏が鏤められたいわゆる「中二病」的な理想像。キリンはただ一言「この辺では見ないね」──。彼は誰にもそういう時期があると知っていたからだ。

 しかし、中二病に罹患中の当人は全く自身の行動に疑問は感じていない。その時点では、内から自然と湧き上がる自信に満ち溢れ、己の矛盾点になど目がいかないのだ。小生も自身の中二病時代を思い出し切なくなってしまった……。

 そんなコアラにも旅の仲間ができる。海へと向かった時に知り合ったイカだ。彼もまた、自分の居場所に疑問を抱いており、海には何もないとコアラに話す。とはいえ、森で生まれ育ったコアラにとって海は憧れだった。それならばとイカに案内されて、金魚鉢を潜水ヘルメット代わりにかぶり海へと潜る。イカは「なにもないでしょ」というものの、コアラにとっては初めての場所で、見る物すべてが新鮮に思える。大きな海藻を見つけるとしがみつき、その姿を写真に撮るほどに。

 しかし、やはりイカは何もないと答えるばかり。その姿にコアラは「生まれた場所だと気づかないものなのか」と感じる。だとしても、自分の故郷である森こそ「確実にダサい」と自身に言い聞かせるのだった。だが、そこには迷いがあった。コアラのどこかに望郷の念があるのだろう。小生自身も、地元を離れて20年近く経つが、後になってその魅力に気づいた。彼らの気づきも、また成長なのだろう。

 その後、空と自由に疑問を感じるカモメと、都会で暮らす年上ネズミと出会い、やがて彼らとともに一つの「楽しいぜ」を見つけ出したコアラ。読後、小生自身の思春期を思い返す。そうだ、当時の未熟さを恥じ入る必要はない。すべては発散しきれない情熱のせいだったのだ。大人になって忘れていた、あの頃の情熱をコアラに教えられる一冊だ。

文=犬山しんのすけ