「“家族の命”と“自分の命”はどちらが重い?」不条理な殺戮合戦に翻弄される人々の心理を描いたドメスティックスリラー

マンガ

公開日:2019/8/17

『家族対抗殺戮合戦』(菅原敬太/新潮社)

 血は水よりも濃い――。どんなに親しい他人であっても、血の繋がった者同士の方が深く強い絆があるという意味のことわざである。たしかに、家族はかけがえのない尊い存在だ。しかし、“自分の命”と“家族の命”を比べると……? はたして、「自分の命を捨ててでも守る」と心の底から言えるのだろうか。

『家族対抗殺戮合戦』(菅原敬太/新潮社)の主人公は、小心者のサラリーマン・鞠山雅彦(まりやま・まさひこ)。妻に叱られ、娘に疎まれ、息子に無視され、認知症の母を抱えながらも、彼は現状に十分満足していた。ある日、いつも通り家を出た雅彦の目に信じられない光景が飛び込んでくる。街に誰もいないのだ。奇妙な出来事に慌てた鞠山一家は、ひとまず町内アナウンスで指示された場所まで行くことを決める。

 公園には、“せいら”とネームタグをつけた巨大な人形が立っていた。彼女の説明を整理すると「今いる場所は『裏・天舘町』で、集められた7家族でゲームを行う。最下位になった場合は、家族の中から生贄を出す」ということらしい。にわかに信じがたい説明に苛立つ町民たちだったが、帰ろうとする者を躊躇なく殺す人形たちに怯え、参加を決める。この瞬間から、命を懸けた家族対抗殺戮合戦がスタートしたのだ。

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 テレビドラマ化もされたミステリーマンガ『走馬灯株式会社』の作者でもある菅原敬太さんが演出する人間の心理描写はなんともリアルで、心をえぐるような恐怖を感じる。最初のゲーム種目「わなげ」で最下位になってしまった鞠山家の家族会議の様子は、まさにその恐怖を感じるシーンのひとつだ。

“え…家族が一人死ぬ…?なんで…?”
“大事な家族を…母親を…あんなバケモノに差し出せるかよ…!!”
“あれ…?今日って…平凡な一日じゃなかったの…?”

 倫理や道徳観とそれぞれの「自分だけは助かりたい」という願いの間で、揺れ動く鞠山家。不条理な選択を迫られた彼らは、はたしてどんな決断を下すのだろうか。

 本作は、怪談話やグロテスクな描写が苦手な方にもおすすめのドメスティックスリラー。「自分の命と家族の命のどちらを優先すべきか」を問われたとき、自分ならどう決断するかを想像しながら、恐怖の殺戮合戦と不気味な世界観を楽しんでほしい。

文=山本杏奈