ジョブズの後を継ぐ――そのあまりに高いハードルを越えた男の人物像に迫る!『ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才』

ビジネス

2019/9/9

『ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才』(リーアンダー・ケイニー:著、堤沙織:訳/SBクリエイティブ)

 数多くの強烈なエピソードを残したアップル創業者、スティーブ・ジョブズの存在はもはや伝説や神話の域に達しているようにすら思える。おびただしい数の伝記が出版されていて、さらに本人公認の伝記はベストセラーになり、その人生は2度の映画化もされている。多くの人がジョブズのことを革新的なビジョンを持ったイノベーターであり、常人離れした製品開発力やカリスマ性の持ち主として認識しているだろう。

 そんなジョブズと比べると、アップルの現CEOティム・クックの存在は影が薄く感じてしまうかもしれない。しかし、長くアップルという企業に注目してきた人であれば、企業経営者としてのティム・クックの能力に疑いを持つことはないはずだ。

 2011年にティム・クックがアップルのCEOを引き継いだとき、多くの専門家や批評家たちが同社の将来に対してネガティブな予想をしたが、本書『ティム・クック アップルをさらなる高みへと押し上げた天才』(リーアンダー・ケイニー:著、堤沙織:訳/SBクリエイティブ)の「序論」冒頭にはそうした予想が「間違っていた」ときっぱり書かれている。

 ティム・クックはアップルの価値を大きく拡大させ続けてきた。2018年にはアップルの株価はクックのCEO就任時の約3倍まで高まり、売上高も過去最高、現金保有高は2672億ドル(約30兆円)を記録。同年8月2日、アップルは歴史上初めて時価総額1兆ドル企業となり、世界でもっとも市場価値の高い企業になったのだ。本書ではこの飛躍的な成功を成し遂げたティム・クックの半生からビジネスキャリア、リーダーシップを詳しく描きつつ、新生アップルの発展史とあわせて、その人物像に迫っていく。

 そのキャリアの軌跡をたどっていくと、ティム・クックはスティーブ・ジョブズとまったくタイプの違う経営者であることがよくわかる。ジョブズは世界を驚かせるような斬新で先見性のある製品を次々と開発することに圧倒的な才能を見せつけた。一方、ティム・クックがキャリアを築いて、自らの能力を発揮してきたのは、いわば裏方仕事。在庫管理やアウトソーシング戦略を構築し、世界各地のサプライヤー管理など、製造と流通を統括する“オペレーション”と呼ばれる分野だ。

 華々しいジョブズの仕事ぶりと比べると地味に見えるかもしれない。しかし、クック入社前のアップルのオペレーションは“最悪”の状態に陥っていたために財政は破産寸前だったという。それを一から立て直すのは極めてハードルの高い仕事であり、ティム・クックが新たに生産・販売・在庫管理のシステムを創り上げたからこそ、アップルは次のフェイズへと成長できたのだ。

 ティム・クックがジョブズの後を継いでCEOへと就任した際、シリコンバレーの投資家は「アップルに必要なのは物作りの才能にあふれた男であって、ティムは違う」と放言したという。しかし、本書で綴られる数々のエピソードは、アップルをさらなる高みに押し上げるためにはティム・クックこそが必要だったと、説得力たっぷりに伝えてくれる。

 そして、本書を読んで何より印象に残るのは、ティム・クックの信念のある倫理観とビジネスを通じて実現しようとしている志の高さだ。ティム・クックは世界でもっとも価値ある企業のCEOという地位を生かし、アップルを「善行を促進する」存在にすると公言。その言葉通り、ティム・クックがCEOになってからアップルの慈善寄付は大幅に増加。再生可能エネルギーを積極的に活用する企業の先駆けにもなり、サスティナビリティの追求、リサイクルの推進、非搾取的な労働環境の構築に力を注ぎ、今やアップルはハイテク業界でももっともクリーンな企業のひとつと見なされているという。

 さらに、ティム・クックはフォーチュン500(全米上位500社の総収入ランキング)の企業のCEOのなかで、初めてゲイであることをカミングアウトしたCEOにもなった。ティム・クックはゲイであることを誇りであり、神の贈り物だと考えていると発言している。

 アップルという巨大企業のCEOがこうした発言をすることで、救われた思いをした人は世界中にいるだろう。ティム・クックはこの世界をより多様性と包括性を持つ、より理想的なものにするために活動している。「世界をわれわれが発見したときよりも良い場所にして残す」というティム・クックの信念は、アップルという大企業を変革、成長させただけでなく、世界をも変えていく力になるかもしれない。

文=橋富政彦