現代なら炎上必至!? 高畑勲も魅せられたあの『じゃりン子チエ』が笑って泣ける!【試し読み】

マンガ

更新日:2019/10/8

『じゃりン子チエ』(はるき悦巳/双葉社)

『じゃりン子チエ』(はるき悦巳/双葉社)というタイトルはもちろん知っていたし、大口をあけて笑う豪快な女の子が主人公なのも知っている。だが内容は、ほのぼのホームコメディみたいなものだと思っていたので、文庫化を機にはじめて読んで、驚いた。

 まず第一話、父親のテツが「娘のチエが病気だ」と嘘をついて実父(チエにとっては祖父)に金をせびるところから始まるのである。そしてその金をもったままテツは一晩帰らず、家業のホルモン屋をチエはひとりで切り盛りする。わずか小学5年生の少女が、である。

 母親のヨシ江は父の放蕩に呆れはてて家出中。「ウチは日本一不幸な少女や…」とわが身を嘆きながらチエは、男子顔負けの力強さと、大人にひけをとらぬ駆け引きのうまさで、世を渡り歩いていく。

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 今なら毒親認定まちがいなし、大炎上必至の設定だが、マンガ連載が開始したのは1978年。昭和の時代背景や大阪・下町の気質がまざまざと浮かび上がる本作に悲壮感はなく、ただ、生き抜くたくましさがユーモアたっぷりに描かれる。それを過剰に美徳とするつもりはないが、チエが子供という立場に甘んじることなく、酒飲みの客たちを軽くあしらい、家を出た母に会うときは自分が守ってやらねばと気を遣い、しょうもない父親を構いすぎず放置しすぎずコントロールして、はったりをかましながら日々を笑い飛ばしていく姿には、読んでいてやはり、強く勇気づけられる。

 1巻では、すでに家を出ていた母・ヨシ江が戻ってくるまでと、ヤクザ社長に借金をとりたてられていた父・テツがなぜか彼の用心棒として働くようになるまで、そしてその合間で起きるドタバタ騒動を描いているのだが、笑いっぱなしかというともちろんそうではなくて、むしろコミカルだからこそ、ときどきで描かれるチエの本音に胸がきゅっとさせられる。

 よりを戻したはいいが、ろくに口もきかず顔すら合わさない両親の仲を取り持とうと、輪をかけた豪快さで道化を演じるチエに気づいて「この子はえらい子や思いますねん」とつぶやくヨシ江と、はっとさせられるテツ。学校で金賞をもらったチエの作文に書かれた「誰よりおいしいホルモンを焼く父と、まだ店に立つこともできない自分」という嘘。

 けれどそのあとに続く「いつか父と一緒に店をやりたい」という願い。発表を聞いたテツの「ウソツキ……」と人知れずつぶやくたたずまいに、理想どおりには生きられないテツの葛藤もうかがい知れるのが本作の魅力だ。かつてアニメ「じゃりン子チエ」の演出を手掛けた高畑勲氏が魅せられたのも納得の構成である。

 喧嘩とギャンブルの絶えないテツのまわりに集まるヤクザ者。下町の気風に染まっているのか、人間顔負けの乱暴さと自立心を見せる猫たち。もくもくと香るホルモンの匂いに包まれて展開する悲喜こもごもの人情劇。昭和のマンガと敬遠せず、ちょっと落ち込んだときや前向きになりたいときにぜひページをめくってみてほしい。

文=立花もも

©はるき悦巳/双葉社