「彼を14歳のまま終わらせない」痛みと切実さが胸に迫る! 青春タイムパラドックス『まぼろしまたね』【試し読み】

マンガ

更新日:2019/10/17

『まぼろしまたね』(糸なつみ/双葉社)

私はまだ14歳だから R指定のついた暴力は見たことがない
私はまだ14歳だから 友達の命が消える瞬間なんて見たことがない
誰かが 誰かがヒーローにならなきゃ
彼を14歳のまま終わらせない

 糸なつみさんの『まぼろしまたね』(双葉社)は、心がヒリヒリするこんな一文で幕を開けるマンガだ。複雑な事情を抱えた14歳の男女の青春が、現実と幻想の世界を行き来する姿とともに、瑞々しいタッチで描かれる。

 登場するのは、中学2年生の社芽出子(やしろめいこ)と十川穂積(とがわほづみ)。2人は同じマンションに住み、昔はとても仲が良かった。だが、9歳の時の悲しいすれ違いをきっかけに、現在も同じ中学に通っているにもかかわらず、めっきり話すことがなくなってしまったのだ。

 本書は、夜の川辺で穂積と思われる男子が、不良グループにひどい暴行をされているシーンから始まる。傍らには、呆然とした表情の芽出子が佇む。――場面はすぐに中学の教室に切り替わり、穂積がいつものように遅刻して授業中の教室に入ってくるシーンが描かれる。隣の席は芽出子だが、2人の間に会話はない。

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 翌日、芽出子はクラブ活動で、川辺の土手に植物散策へ出向く。道中、先輩が、

「今日みたいな風が強い日に この土手で子供が川に落ちたんだって 三日三晩捜索したけど見つからなくて 死体も見つからなかったんだって」

 と、ネットにも載っていたという話題を振るが、その「川に落ちた子供」とは、まさに幼い頃の穂積のことである。実際には、穂積は病院に運ばれて助かった。しかし芽出子は、穂積が川に沈んでいく時、足が震えてしまいすぐには助けられなかったことを、今でもとても後悔していた。

 そんなことを考えていると、突然彼女の前に、幼い頃の穂積そっくりの少年が現れる。芽出子のことを、穂積だけが呼んでいた「でこ」という愛称で呼ぶ不思議な少年の目的は一体……!?

 本書は、川辺のキラキラした風景とは裏腹に、心に反発や痛み、切なさを抱えながら日々を送る、14歳の男女の切実な葛藤が描かれる。芽出子は、穂積に対して言いたいことや情が溢れているのに、上手く伝えることができない。働き者の優しい母親に育てられた芽出子と、ネグレクト気味の家庭で育ち、中学では不良の高校生とつるむようになり、徐々に黒い影が忍び寄る穂積。多感な年頃の鋭い感受性に心揺さぶられ、苦しいことも多かった自身の青春時代までもが脳裏をよぎる。芽出子の前に現れた幼い頃の穂積そっくりの少年は、夢なのか幽霊なのか幻なのか。また、彼は命の危険に晒されてしまう穂積の運命を変える鍵を握っているのか。謎は多いが、ページをめくると青春時代に感じた喜びやほろ苦い切なさが想起され、瞬く間に魅了されるマンガである。ぜひ読んでみてほしい。

文=さゆ

©糸なつみ/双葉社