生涯賃金2億円を手放してでも専業主婦になるべきか? 子どもを産むと差別を実感する日本社会で夫婦の豊かさを考える

恋愛・結婚

公開日:2020/1/10

『2億円と専業主婦』(橘玲/マガジンハウス)

 2017年11月、あるニュース記事が大炎上した。『専業主婦は2億円損をする』(マガジンハウス)という本の紹介記事がYahoo!ニュースに掲載されると、半日で34万ページビュー、約1000件ものコメントがついた。ほとんどが専業主婦とおぼしき方からのコメントで、「女がそんなに稼げるわけがない」や「好きで専業主婦をやっているわけじゃない」といった趣旨のコメントが多数を占めた。

 それからわずか2年、世間の風向きは変わりつつある。かつて勝ち組とされてきた専業主婦。今では「貧困専業主婦」という言葉が登場するほど、金銭面でも幸福面でも専業主婦のいる家庭が不利になりつつある。高度経済成長期から数十年が経ち、社会が激変したせいで夫婦の“最適なカタチ”も変わりつつあるのだ。それを訴えたのが『専業主婦は2億円損をする』であり、新書版としてブラッシュアップしたのが『2億円と専業主婦』(橘玲/マガジンハウス)である。

■専業主婦は最大で3億円を手放すことになる

 本書が突きつける現実は厳しい。しかし現実である以上、目をそむけるわけにはいかない。本稿では本書の要点を“つまんで”紹介する。もし納得がいかない場合は、ぜひ本書を手に取って著者の主張を真正面から受け取ってほしい。

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 まずは専業主婦の現実をご紹介したい。著者がJILPT「ユースフル労働統計2018」のデータを基に、大卒女性の平均生涯年収を計算すると、およそ2億円を超えたそうだ。この数字は「学校を卒業してただちに就職し、その後、60歳で退職するまでフルタイムの正社員を続けた場合」の総額であり、退職金や再雇用で60歳以降も働いた場合のお金を含んでいない。つまり平均的な大卒女性が専業主婦になると、最大で約3億円ものお金を手放すことになるのだ。たとえ中卒など学歴が低い場合でも、1億4千万円以上を損するという。著者は「専業主婦を選択することで、莫大なお金を手放してもいいの?」と指摘しているのである。

■日本は「女性が子どもを産むと差別を実感する」前時代的な社会

 ここで考えたいのは、炎上した際にコメントで寄せられた「女がそんなに稼げるわけがない」や「好きで専業主婦をやっているわけじゃない」といった女性の叫びである。著者はこの意見をくみとり、これまた厳しい現実を紹介している。それは日本企業の悪習ともいうべき「出世の仕組み」である。

 日本企業には「残業時間によって社員の昇進を決める」大変残念な文化がある。社員がプライベートを削って会社に尽くす、江戸時代に見られた「滅私奉公」そのものであり、「殿様」と「家来」の前時代的な関係である。

 男性社員や独身女性は、出世のために自らの人生を犠牲にして残業する選択ができる。しかし幼い子どもを育てる母親に「子どもを犠牲にして働け」というわけにはいかない。そこで多くの日本企業は、母親社員に配慮して「マミートラック」と呼ばれる「残業しなくてもいい仕事」を用意している。結果、女性が母親になると出世できない現実に直面してしまうのだ。それを裏付けるように、著者はデータを基に「大卒の女性より、高卒の男性のほうがはるかに早く課長に出世する」事実を紹介している。

 日本には「母親になることで会社から“二級社員”のように扱われる耐えがたい屈辱に、憤りや無力感を覚えた女性たちが仕方なく専業主婦を選択する現実」が横たわっていて、専業主婦たちのぶつけようのない怒りがあちこちで渦巻いている。そんな状況下で『専業主婦は2億円損をする』の紹介記事を目にして、理不尽な目に遭って屈辱を覚えた専業主婦たちの怒りが爆発したのではないか。

 日本は少しずつ男女平等の社会に向かいつつある。しかしいまだ「女性が子どもを産むと差別を実感する」前時代的な社会でもある。たとえ2億円を捨ててでも専業主婦になった女性たちの中には、この差別に苦しんだ過去があるのかもしれない。

■母親にとって理不尽な社会でも幸せに生きていく方法

 働き方改革をはじめに、日本企業の在り方が少しずつ変わりつつある。しかし母親の差別がなくなる未来がいつ訪れるか分からない。私たちは今、幸せになりたいのだ。だから母親にとって理不尽な社会でも、幸せに生きていく方法を考えなければならない。それが本書の最後に記されており、著者が最も主張したいことである。

 残念ながら経済大国であるはずの日本企業の賃金は思うように伸びていない。「貧困専業主婦」はまさしくその象徴だ。そんな状況下で専業主婦になって、2億円を手放す決断はかなりリスクがある。だから著者は、豊かになるために「家庭の生涯賃金を最大化」することが最も重要だと説き、そのために「リソースを徹底的に使い倒せ」と主張する。

 そのひとつを取り上げると、祖父母に子どもの面倒をみてもらうことで妻が仕事に専念して、専業主婦になる選択を回避するというものだ。もし祖父母が遠くに住んでいる場合は、家の近くのマンションに引っ越してもらうことも検討しよう。

 祖父母に住まわせるマンションの家賃が月10万円ならば、単純計算で1年に120万円。10年で1200万円かかる。貯金を取り崩すハメになる大金だ。しかし2億円の収入と比べると、大変に安い「投資」でもある。女性が会社を辞めるリスクと天秤にかけると、長期的なリターンが期待できるのだ。

 ここで「母親が働くと子どもがかわいそう」という意見が出てくるだろう。しかし著者によると、長大な人類史の中で「専業主婦のいる核家族」というのは、わずか200年前に登場した「極めて特殊な家族制度」なのだそうだ。それ以前の数百万年は、ずっと母親が働きながら子どもを育ててきたという。なにより著者のこの主張も付け加えたい。

ほんとうにかわいそうなのは、貧困のなかで子どもが育つことでしょう。

 本稿では本書の内容を駆け足でご紹介した。だからどうしても割愛した部分がある。「男女ともにこの本を読んで絶対に損はない」とオススメできるので、ぜひ本書を手に取ってほしい。特に「専業主婦になりたい」と考えている女性、もしくは「そのことに関して話し合いたいけど、微妙な空気を演出できなくて困っている夫婦」は、本書をきっかけにもう一度真剣に人生を検討してほしい。

 高度経済成長期から数十年が経ち、社会が激変したせいで夫婦の“最適なカタチ”が変わりつつある。これからの時代は「働きながら子育てできるし、幸福に暮らせる」という家庭を、社会を目指すべきではないか。

文=いのうえゆきひろ