ストレスフルな現代人を救ってくれる、やさしいカフェの物語。『雑貨店とある』の魅力

マンガ

公開日:2020/3/17

『雑貨店とある』(上村五十鈴/芳文社)

 店員と客の関係は不思議だと思う。これを、サービスを提供する側と受ける側、と見なす人もいるだろう。それも事実だ。しかし、それは少しさみしい気もする。店員と客は家族や友人のように親密ではないものの、まったくの赤の他人でもない。お店という場所を媒介にしてつながった、言葉にできないような関係だと思うのだ。そして、その関係によって、心救われたり癒やされたりする人がいる。

『雑貨店とある』(上村五十鈴/芳文社)は、そんなやさしい関係を丁寧に描いたマンガである。

 舞台となる雑貨店「とある」は、とても暇なお店。来店する客の数も少なく、いつも静かでゆったりとした時間が流れている。扱っているのは自然素材を使った手作りの生活雑貨。決して安価ではないため客入りが少なく、アルバイトの高校生・越湖くんからも店の存続を心配されるほどだ。けれど、のんびり屋の店長は「平和だね」と意に介さない様子。

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 そんな「とある」にはカフェスペースが併設されている。そして、本作のメイン舞台となるのはそのカフェスペースなのだ。

 そこで提供されるのは、いまどきの流行りのスイーツのようなものではない。昔ながらのチョコレートパフェや芋かん、焼きりんご、パウンドケーキなど、どれもちょっとレトロな雰囲気漂うものばかり。けれど、その“懐かしさ”が胸を打つ。

 来客たちは、みな悩みを抱えている人たちだ。彼らは日常生活のなかでストレスや生きづらさを感じている。ところが、ひょんなきっかけて訪れた「とある」でスイーツを食べ、その悩みが氷解していくことになる。

 たとえば、「芋かん」のエピソードで登場するOLの片山さん。どこか垢抜けない彼女は飲み会で「イモっぽい」と言われてしまったことを気にしており、自分の存在を卑屈に感じてしまっている女性だ。

 他人の何気ない発言や軽はずみなジョークに傷ついてしまう。これは誰もが一度は経験したことがあるのではないだろうか。そして、その傷が想像以上に深いこともある。気にしすぎ。そんなことはわかっていても、なかなかうまく立ち直れない。人の心はそんなに簡単ではない。

 そんな片山さんを救ってくれるのは、「とある」で提供される「焼きいもの芋かん」だ。メニュー名を見た片山さんは、越湖くんに尋ねる。「いもってどう思いますか?」。すると越湖くんは、いもの素晴らしさを口にする。

「いもはすごく――エネルギー生産の高い、優れた農産物だと思います」

 何度も飢饉に襲われていた日本を救ったのが、まさにいもだった。どこにでも育ち、美味しく、身体にいい。まさにいもは「人を救う力」を持った作物である。

 それを越湖くんに教えられた片山さんは、いもと自分自身を重ね、あらためて自分の価値を見出すことになる。そう、美味しいスイーツとやさしい店員によって、ひとりの女性が救われた瞬間だ。

 本作ではこのように、人々が救われていく一瞬が描かれていく。その筆致がとても心地よく、読み進めていくと、まるで読者も救われるような錯覚を覚えるだろう。

 著者の上村さんは前作『星の案内人』でもプラネタリウムを舞台にした、人々の交流を描いた。どこかひとつの場所を舞台に、そこを訪れた人々が癒やされるさまを描くのは、きっと上村さん自身がそれを望んでいるからかもしれない。

 そんなやさしい著者によって生み出された癒やしの物語。本作はストレスの多い現代人に届けたい、マンガの処方箋である。

文=五十嵐 大