中年ヤクザと女子大生の危険な恋。誰からも祝福されない関係は、不幸へ続く道なのか?

マンガ

更新日:2020/3/31

『潜熱』(野田彩子/小学館)

 恋は衝突事故のようなものだ、とたとえられることがある。予測不可能で、気がついたら事故のように相手に恋をしている。その感情はまさに制御不可能。それがいけない恋、不幸な未来しか見えていない恋だとしても、誰にも止めることなどできない。

 最新作『ダブル』で、第23回文化庁メディア芸術祭「マンガ部門 優秀賞」を受賞したマンガ家・野田彩子さんの『潜熱』(小学館)は、そんな“誰にも止めることのできない恋”を描いた作品だ。

 主人公はコンビニでアルバイトをしている大学生の瑠璃。彼女のバイト先には、毎日同じ銘柄のタバコを買いに来る中年男性がいた。彼の名は逆瀬川(のせがわ)。いつも不敵な笑みを浮かべ、時折、他の客に暴力を振るう。黒いスーツを身にまとい、ただならぬ雰囲気を放つ逆瀬川は、ヤクザだった。

advertisement

 ヤクザと接する機会がない者にとっては、彼らの存在は恐怖でしかないだろう。それは瑠璃も同様だ。ところが瑠璃は、ひょんなことから逆瀬川に接近することになる。

 それはバイトが終わり、ゲリラ豪雨に立ち往生していたときのこと。コンビニの軒先で逆瀬川に声をかけられた瑠璃は、彼の厚意から家まで送ってもらうことになる。もちろん、車内では緊張しっぱなし。しかし、瑠璃は逆瀬川への興味を止められない。些細な会話を交わし、タバコを吸わせてもらう。

 そして、このワンシーンがとても美しい。タバコの先端に灯る火は、逆瀬川への想いに火がついたことのメタファーだろう。

 とてもエロティックで、危うげ。これから先、瑠璃が不穏な恋に身を投じていくことを予感させる描写だ。

 結局、瑠璃は逆瀬川への想いを募らせていくことになる。けれど、その先で待っていたのは――。

 女子大生とヤクザの恋。これに周囲の人間たちは大反対をする。瑠璃と逆瀬川の関係は、誰からも祝福されないのだ。

 たしかに危険だな、とも思う。瑠璃の親友や両親が涙ながらに彼女を止めるのも、頷ける。けれど、どうして、とも思ってしまう。

 相手の立場や肩書によってコントロールできるような感情を、恋と呼べるのだろうか。相手がヤクザだから、これ以上好きになるのはやめます。簡単にそう言えたらどんなに楽か。しかし、瑠璃は決してそんなことを言えないのだ。だって、本当に好きになってしまったのだから。自分でも制御できないくらい、逆瀬川への想いが走りはじめてしまったのだから。

 もしかしたら本作は、賛否あるかもしれない。瑠璃の行動を軽率だと咎める人もいるかもしれない。それでもぼくは、彼女の想いがとても純粋なものであると感じた。そして、それを大事にしてほしいな、とも。

 本作はわずか3巻で完結する作品だ。しかし、一つひとつのエピソードが濃密で、読み終える頃には「恋とはなにか」を深く考えさせられるだろう。『ダブル』で野田さんを知った読者には、本作もぜひ読んでもらいたい。

文=五十嵐 大