彼女が歩いた道には毒キノコが生える⁉ “シャンピニオン(キノコ)の魔女”と呼ばれる孤独な少女の美しくて切ないファンタジー

マンガ

公開日:2020/4/22

『シャンピニオンの魔女』(樋口橘/白泉社)

 子どもの頃に夢見たおとぎ話の世界に吸い込まれるような読み心地だった。マンガ『シャンピニオンの魔女』(白泉社)の著者は樋口橘さん。特殊能力をもつゆえに外界から隔離された子どもたちを描いた代表作『学園アリス』の主人公には、喜怒哀楽を共有できる仲間がいたが、本作の主人公・ルーナは、毒を発する体質のため、吐く息がかかれば人は苦しみ、触れるだけで皮膚がただれてしまう。王族に仕える“白魔女”とちがって、どこにも属さない“黒魔女”であるルーナは、街の人から忌み嫌われている。言葉を交わせる精霊たちがいるから、さみしさを紛らわすことはできるけれど、人間の友達をつくることもできなければ、もちろん恋もできない。その境遇をひがむでもなく、人を恨むわけでもなく、ルーナは黒い森の奥深くで、ひとりでひっそり暮らしている。

 街の人たちが列をなして買う薬はルーナのつくったものだが、誰もそのことを知らない。ルーナが歩いた道には毒キノコが生えるから、遠巻きにおそれて陰口をたたくけれど、ほんとうは、そのキノコも、人の邪気を吸い込んで生まれるものだ。薬と、その存在で、ルーナは人々の健康を守っているのに、事実を知っているのは薬屋と、精霊と人の子の子孫である本屋だけ。でも、ふたりはルーナを好いてはいるけれど、ルーナの毒に触れないための防御は徹底している。そんな様子がごく淡々と、繊細な絵柄で描かれていくのが、さみしくて切なくてしかたがないのに、同時に途方もなく美しく、1コマ1コマを食い入るように見つめてしまう。

 エピソードの合間に挿入される、設定資料集もいい。ノロイダケの生態。見るたび姿の変わるルーナの家。ルーナの感情にあわせてやっぱり姿を変える帽子。本編では語られないその詳細は、ファンタジー好きにはたまらないものがあるが、繊細に描き込まれたルーナのファッション集も見逃せない。外出着も寝間着も、エピソードごとに変わる装いを見ているだけで、彼女がどれほど繊細で、美しいものを愛し守ろうとする人なのかが伝わってくる。

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 だからこそ、唯一ルーナが心を惹かれ、ルーナの本質を愛でてくれた少年との、淡い恋の結末にはやるせなくなってしまう。自分が多くを望んではいけないことはわかっている。それでも会いたい、触れたい、と思わずにいられなかったルーナの想い。ルーナが孤独に流した涙を知ってしまった少年の、自分に害が及ぶとわかっていても、黙ってルーナを包み込もうとした優しさ。その果てにルーナが手に入れた、生涯でおそらく二度と手に入らないであろう宝物のような“キノコ”に、胸の奥がぎゅううっと絞めつけられた。

 ……と、浸っていると。1巻のラストで、これが序章ですらなかったことが明かされる。むしろ物語は、ここから始まる。彼女の孤独と哀しみをふまえたうえで、著者は読者にいったいなにを見せようとしているのか。美麗なるファンタジーの開幕である。

文=立花もも