憧れの女優と瓜二つだったのは、男子高校生でした――。ふたりの男子高校生の奇妙な関係を描く『幕が上がれば君がいる』

マンガ

公開日:2020/6/1

『幕が上がれば君がいる』(浅岡キョウジ/芳文社)

 忘れられないあの人に“似ている”から、きみのことが好きだ――。もしもそんなことを言われたら、どう感じるだろうか。決して気持ちがいいものではないと思う。目の前の人が、自分を見てくれていない。誰かと自分を重ねている。まるで、自分は“代用品”のようですらある。そんなの、たまったもんじゃない……!

『幕が上がれば君がいる』(浅岡キョウジ/芳文社)の瀬田と鈴原の関係は、まさにそんな風にねじれている。

 演劇部に所属する高校生の瀬田には、どうしても忘れられない人がいた。それは幼い頃に舞台で見た、美しい女優。ただ綺麗なだけではなく、瀬田の心に焼き付くほど“好み”の容姿をしていたのだ。以来、瀬田は再びその女優に会うため劇場通いを続けるものの、その願いは叶わずにいた。

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 ところがある日、偶然にも瀬田は、憧れの女優に瓜二つの人物を見つける。それが高校生の鈴原。しかも、瀬田と同じ高校に転入する予定だという。

 これは運命の出会いなのか。しかし、運命は皮肉なものである。

 鈴原は、男子だったのだ。

 しかし、瀬田は鈴原を演劇部に誘う。その理由はただひとつ。もう一度、舞台上に立つあの女優の姿を見るため。瓜二つの鈴原に女役を演じさせることで、もう会えないと思っていた女優と舞台上で会うことを叶えようとするのだ。

 もちろん、鈴原は戸惑う。けれど、瀬田の「俺は美しい人間が好きなんだ」という告白にほだされ、しぶしぶ入部する鈴原。こうして瀬田と鈴原の奇妙な関係の幕が上がるのだが……。

 本作の面白いポイントは、“一方通行の思い込み”にある。瀬田が望んでいるのは「憧れの女優ともう一度会いたい」というシンプルなものだが、そんな瀬田からの猛攻を受け、鈴原は自分が「性愛の対象とされている」と勘違いしてしまう。そう、つまりはBLだ。

 瀬田が鈴原のことを「美しい」「綺麗だ」と称賛すればするほど、鈴原の勘違いは暴走していく。しかも、演劇部の部員たちまで、「瀬田は鈴原に想いを寄せている」と勘違いする始末。いくら誤解だと説明しても、誰も納得してくれない。このチグハグさに終始ニヤニヤが止まらなくなる。

 一方でシリアスな場面もある。それは鈴原がふと漏らしたひとことに集約されるだろう。

“…嬉しいよ”
“僕のこと見てくれるなら誰でも”

 どうやら鈴原は、幼い頃から「誰も自分を見てくれていない」という葛藤と闘ってきたようだ。それもそのはず、実は瀬田が憧れていた女優とは、鈴原の母親だったのだ。

 その事実を知った瀬田は、自分がしようとしていることの罪深さを痛感する。けれど、気持ちは抑えられない。はたして瀬田の願いは成就するのだろうか。そのとき、鈴原は傷つかないで済むのだろうか。

 猪突猛進型の瀬田と、過去の傷からナイーブになってしまった鈴原。ふたりの奇妙な関係がどこに終着するのか、この物語の幕が下りるまで目が離せない。

文=五十嵐 大