マイノリティの恋愛を爽やかに描くピュアラブストーリー『元カノの弟が可愛いって話』
公開日:2020/6/17

非常に繊細なテーマを、見事なバランスで描いている。初めて『元カノの弟が可愛いって話』(てぃーろんたろん/芳文社)を読んだとき、率直にそう思った。
本作は6年間付き合った幼馴染の彼女にフラレてしまったたくやのもとに、元カノの弟・なおきが現れるところからスタートする。久々に再会したなおきはロングヘアーの美少年になっていて、周囲からは美少女だと勘違いされるほど。そのなおきの口から出たのは、「俺と…付き合ってみない…?」というセリフ。なおきの真意はどこにあるのか。たくやは翻弄されつつも、なおきと向き合っていく。
なおきはいわゆる“男の娘”である。そして、どうやら本気でたくやのことを想っているらしい。つまり、なおきはセクシュアルマイノリティなのだ。ところが、本作はそれを重々しく描いていない。
セクシュアルマイノリティという言葉の認知が広まるとともに、それを題材にした作品も増えた。それらは当事者の痛みや苦しみを知る一助にもなっている。ただし、過剰に痛みや苦しみだけを描くのは、なんとなく違う気がするのだ。セクシュアルマイノリティに限らず、この世にはさまざまなマイノリティが存在する。“大多数”という枠に入れないことで、たしかに苦難することもあるだろう。でも同時に、彼らにも幸せな瞬間はあるはず。そこを描かず、ネガティブな一面ばかりを切り取るのは、誤った見方を加速させるリスクも孕んでいる。
その点、本作はなおきというマイノリティを殊更“不幸”に描こうとしていない。むしろ、何気ないたくやの言動に一喜一憂するなおきは、ピュアに恋心を楽しんでいるひとりの人間として映る。
もちろん、なおきの過去が描かれる回想シーンでは、彼につらい出来事があったことが伝えられる。「男のくせに」という同調圧力によって傷つけられたなおきの姿を見ると、非常に胸が痛む。
けれど、それだけではない。
つらいことがあればうれしいこともあるように、なおきの人生はアップダウンを繰り返しながら彩られていく。その傍らにいるのは、たくやなのだ。
第1巻のラストシーンでは、見事ふたりが結ばれることになる。夜空の下での告白シーンは本作最大の見せ場であり、冒頭からふたりを追いかけてきた読者の涙腺は緩んでしまうだろう。ただし、そこで流れる涙は「可哀想ななおきがやっと報われたから」といった理由によるものではなく、「もどかしいふたりがようやく結ばれた」という安堵に近い。
また、本作にはなおき以外にもマイノリティの人たちが登場する。それも、ごく自然な形で。その描き方は、作者からの「マイノリティの人たちは、身近に大勢いるんだ」というメッセージなのかもしれない。それにもとても好感を持った。
さて、第1巻でカップルになったたくやとなおき。第2巻以降、どんな展開がふたりを待ち受けているのかはわからない。けれど、ありきたりな“悲恋”にならないことだけは間違いないはずだ。
文=五十嵐 大