スティーブ・ジョブズのクレカを使い込み激怒させた、日本人僧侶の型破りな半生

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公開日:2020/6/18

『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』(柳田由紀子/集英社インターナショナル)

 1986年にスティーブ・ジョブズが率いたNeXT社の宗教指導者に任命され、1991年にはジョブズの結婚式も司った日本人僧侶・乙川弘文氏(1938年~2002年)。”スティーブ・ジョブズ生涯の師”といわれる一方で、日本での知名度はほぼ皆無。2002年に不慮の死を遂げていたこともあり、その半生は謎に包まれていた。

『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』(柳田由紀子/集英社インターナショナル)は、著者が足かけ8年で世界中の関係者に取材を重ね、その半生を描き出した1冊。そこで語られる乙川弘文氏に関するエピソードは、驚きの連続だった。

 お酒にだらしなく、お金にもルーズで、高級品が好きだった。スティーブ・ジョブズから渡されたクレジットカードを使い込み、ジョブズを激怒させた。60歳近くの頃に、若い白人女性と”できちゃった結婚”(しかも再婚)した等々……。どれも僧侶の話とは思えないエピソードの連続なのだ。なお、ここに書いたものは序の口で、本書ではもっとスゴい逸話も複数披露されている。

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 一方で彼は、ただの型破りな僧侶だったわけではない。乙川氏は1938年に新潟県のお寺の三男として生まれ、駒澤大学と京都大学大学院で仏教を学び、修士号を取得。米国で活動を始めたのは1967年からだ。そして彼の人となりと話しぶりには、間違いなく人を惹きつけるものがあったようだ。著者の柳田由紀子氏は乙川氏の講話ビデオを見て、以下のような描写をしている。

 強い日本語訛りがある英語だが、語彙は極めて豊富で、哲学的で詩的な表現が続く。弘文の語りにはまったく作為が見られず、天然、自然、あるがままといった様子だ。適切な言葉を選び出そうと、無心に首をかしげたり、虚空を見つめたりする仕草は、まるで赤ん坊のようだ。そのあるがままの天真や無垢が、しばしば本人の意図しないかたちで聴く者の笑いを誘う。
 赤ん坊のような大人――。
(『宿無し弘文 スティーブ・ジョブズの禅僧』より)

 この柳田氏の描写だけでも、乙川弘文という人間が、不思議な魅力を持った人間だったことがよく分かるだろう。そして本書を読み進めていくと、冒頭に記した彼の型破りなエピソードは、その「あるがままの天真や無垢」の一面にも思えてくる。

 思えばスティーブ・ジョブズも毀誉褒貶が激しく、圧倒的な天才とされる一方で、「傲慢な独善家」ともいわれた人物だった。強烈な個性で人を惹きつける人間は、その裏返しとしてある種の”欠落”とも言える一面を抱えていて、その両面は背中合わせの関係にある――。ジョブズに負けじと型破りで魅力的な僧侶の半生記は、そんなことを読者に教えてくれる。

文=古澤誠一郎