禁術を使い、暗殺された帝を“キョンシー”としてよみがえらせる!? 生ける乙女×死せる皇帝が活躍する中華ファンタジー

マンガ

公開日:2020/7/24

天啓の皇帝 呪術師の娘
『天啓の皇帝 呪術師の娘』(恩多志弦/白泉社)

 禁じられた術をもちいて死者を蘇らせ、帝のために命をかけて戦う。なんて、ファンタジー好きならば読まずにいられない設定だが、蘇らせる相手がほかでもない帝本人というのが、マンガ『天啓の皇帝 呪術師の娘』(恩多志弦/白泉社)のおもしろいところである。

 主人公は宮廷呪術師をつとめるタオという少女。「呪術師も祈祷もただの形式なのに」というセリフがあるように、もともと彼女にも仲間にも不思議な能力は一切なかった。ただ、天災で荒れる国をみずからの足でまわり、タオをはじめ、行き場を失った人たちを宮廷に迎え入れてくれた若き王・宵のためならばと、形だけでも懸命に祈り続けていただけだ。そこへ突然舞い込む、宵王の訃報。用意周到に王座に就こうとする王の叔父・迅。反抗を許さない迅の残酷な所業に打ちひしがれていたタオは、あきらめきれず、“屍鬼の術”をもちいて宵王を蘇らせようとする――。

 信じて願う心の強さゆえか、術は成功。宵王だけでなく、側近の2名も蘇生することが叶うのだが、屍鬼(キョンシー)と言われて誰もが想像するとおり、3人の額には呪符が貼られ、はがれたとたんただの死体に戻ってしまう。だが呪符が貼られている限り、どれだけ深手を負って血が噴き出しても彼らは痛みを感じることなく動き続ける。安らかに眠るはずだった彼らを死をも厭わぬ異形に変えてしまった――そう後悔するタオの姿は“一生懸命がんばる”“人を深く想う”ことが必ずしもいい側面ばかりをもつわけではないことを教えてくれる。願えば、叶う。信じれば、現実になる。それはもちろん素晴らしいことだけれど、禁じられるにはわけがあり、現実をねじまげてまで叶う願いの代償は、それ相応にふりかかってくるのだ。

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 だが、その代償を背負ってでも立たねばならないのが王である。〈君の行いが正しいかは後の世が決める事だ〉という宵王の言葉には、その覚悟がうかがい知れる。〈君の罪は私の罪 タオの恐怖も罪悪感も全て私に背負わせておくれ〉。そう言ってくれる彼だからこそ、タオは禁を破ってまで何かをなそうとしたのだし、“どんな犠牲も厭わない”ではなく“犠牲を厭う気持ちを忘れないまますべてを引き受けて立つ”ことが、生きていくうえで何より大事だと知ることができるのだ。

 覚悟した人間は、強い。けれど他人の痛みや悲しみ、うらみをすべてひとりで背負うのは、どんなに強い人間でも、やっぱりつらい。だからこそ、そのつらさを分かち合う2人は、惹かれ合っていく。しかし呪符をはがされたら死体となり、いずれ腐乱していくにちがいない宵王に、玉座を奪還することができるのか……? その意外な解決方法は、本書を読んでぜひ確かめてみてほしい。

 ちなみに、物語はシリアスなのに、登場キャラクターたちはみんな、どこか抜けていて愛らしい。その魅力は作者のセンスにあるのだな……というのが作中に出てくる建物の「柱」に描かれた初期設定を読むとうかがい知れるので、そちらも要チェックである。

文=立花もも