自動運転車に隠された害とは? 便利に隠れた「害」、不便に隠れた「益」を考え直す

社会

公開日:2020/8/11

『不便益のススメ 新しいデザインを求めて』(川上浩司/岩波書店)

 効率化や合理化が進む今の社会で、非効率的・非合理的な物事は「悪」と同等にみなされる感がある。IoTの拡大やAIの進化により社会がますます便利になっていく中で、“人間らしい生活”とは何か、あらためて考える必要がありそうだ。
 
 便利さが生活から人間らしさを損なわせるのなら、安直だが不便さが生活に人間らしさを取り戻してくれるのかもしれない。相対的な見方だが、昔は不便だらけだったが、中高年以上の人にとってはそれが懐かしく愛おしいとすら思うことがあるのではないだろうか。『不便益のススメ 新しいデザインを求めて』(川上浩司/岩波書店)を開いてみよう。本書は、あえて不便の益…「不便益」を見直すべきだ、と提案している。
 
「不便益」とは、不便だからこそ得られる益を指す。本記事のテーマにピッタリの用語だ。昭和以前の生活を思い浮かべて、「あれのことかな?」とニンマリした人もいるかもしれない。

「便利ならばなんでもいい」わけではない。その理由は?

 本書によると、そもそも「便利と不便」「益と害」はそれぞれ別軸の価値観だ。必ずしも「便利=益/不便=害」というわけではない。便利/不便を横軸、益/害を縦軸にとり、2次元の形をとり、次の4つのカテゴリに分けて考えてみよう。

(1)便利益。便利で益がある
(2)不便益。不便だからこその益がある
(3)便利害。便利だけど害がある
(4)不便害。不便で害がある

 この4つの中で、(1)と(4)はイメージがつかみやすくわかりやすい。(1)は人々にとってありがたいものであるし、(4)はできる限り減らして(1)にすべきと考えるだろう。その一方で、(2)と(3)は陰に隠れがちだ。

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 例えば、バリアフリー住宅には多数のメリットがあるが、身体能力が衰えるスピードが加速するかもしれないというデメリットが隠れている。(1)と表裏一体の関係で(3)が存在するのだ。オール電化も同様にとらえることができる。ガスコンロならば炎の色や大きさを見て、素手で触ってはいけないことが経験的にわかる。これを本書は「物との約束」と表現している。しかし、IHでは(使用時は赤く発色するなどの工夫も凝らされているが)そうではない。触って本当に熱いか熱くないかは、設計したメーカーを信じるしかない。これを「人との約束」と表現している。

「便利」がどこまでも進むと、次のような事態も起こりかねない。

・人の能力が不要になる。自分の能力を発揮するチャンスが奪われる。自分でなくてもいいことだらけになり、さまざまな事象が均質化する

・実体のない人工的な約束事だらけになる

・機械を信じるほかには術がない状態を受け入れざるを得なくなる

 現在、車の自動運転技術の開発競争が加速しているが、これが成功すれば、はじめは「不便だから(運転を)やらなくていいよ」だったものが、次第に「(人が運転を)やっちゃいけない」という方向に進む可能性がある。やがて運転に関して「実体のない人工的な約束事だらけ」になり、「機械を信じるほかには術がない状態を受け入れざるを得なくなる」。これはある意味、恐怖だ。だからこそ、今のタイミングで「不便益」を見直すことが重要だと本書は指摘するのだ。

 本書は、「不便益」を体感できるモノをいくつか紹介している。通った道がすこしずつかすれていき、同じ所を3回通るとその周辺が真っ白になるという「かすれるナビ」。目盛りが歯抜けで素数の所にしか打たれていない「素数ものさし」。ゴミを見つけるとゴミの周辺をうろうろとするが自分では拾わず人に拾わせるという「弱いロボット」。いずれも、従来のモノに比べ不便な反面、人は頭を働かせ、体を動かすことが必要になり、それを楽しむ…という不便益がある。

 効率化や高機能化は、物事の「使用価値」を高める。非使用価値に代わる指針には、きれい、かわいいなどの「貴重価値」があるが、便利を過度に追求しがちな現代だからこそ、不便益の視座に立って、「第三の指針」を探求する時期に差し掛かっている――本書はそう語る。

文=ルートつつみ(https://twitter.com/root223

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