『からかい上手の高木さん』作者が描く、好きなのに「好き」とは言わない男女の攻防戦!【次にくるマンガ大賞2020「コミックス部門」3位】

マンガ

公開日:2020/8/20

それでも歩は寄せてくる
『それでも歩は寄せてくる』(山本崇一朗/講談社)

『からかい上手の高木さん』(小学館)で読者を胸キュンの渦に巻き込んだマンガ家・山本崇一朗さん。彼の描く作品は「日常系」のものが多く、派手な展開こそ起こらないものの、キャラクターたちの感情がかき乱されるさまが丁寧に描写されており、だからこそ読者をその世界観に一気に引きずり込む吸引力を持っているのだろう。

 そんな山本さんの作品のなかで、いま読んでもらいたいものが『それでも歩は寄せてくる』(講談社)だ。

 本作の舞台となるのは、高校の将棋部。しかし、「部活動」を名乗っているものの、部員は高校2年生の八乙女うるしと、高校1年生の田中歩のふたりだけ。「部活動」に認定されるのは部員が4人揃ってからであるため、将棋部ですらないのだ。ふたりはそこで、将棋を指す日々を送っている。

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 本作が面白いのは、このうるしと歩のやりとり。歩はどうやらうるしのことが好きなようなのだが、常に無表情で絶対にそれを悟られまいとする。しかし、うるしに告白するのは将棋で勝ったときに、と決めているので、気のない素振りを見せるのだ。

 ただし、どんなに取り繕っても、好意は漏れてしまうもの。何かにつけ、うるしのことを「かわいい」と口にし、部員を増やそうとするうるしを見ては、ふたりきりの現状を守るために焦ったりもする。そんな歩の姿を見て、うるしも気づいているらしく、「お前、私のこと好きだよな」と確認するものの、歩はそれを認めない。うるしから問い詰められても涼しい顔でかわしまくるのだ。

 このやりとりが、とにかく良い! うるしが攻めれば、歩がスルッとかわす。かと思いきや、油断しているうるしを歩が猛然と攻めていく。相手の出方を何手も先まで読み、恋心を認めさせようとするやりとりは、まるで将棋の戦いそのものだ。はたして、詰みの一手を指すのはどちらなのか……。

 ちなみに、これほどまでにうるしとふたりきりでいることを望んでいる歩も、2巻からは新入部員探しを手伝うことにする。それもすべてはうるしの願いを叶えてあげるため。その健気さもかわいらしいではないか。しかも、部員探しの合間にはバレンタインデー、文化祭、運動会、初詣と、恋が盛り上がりそうなイベントが目白押し。そのたび、ふたりはお互いの本音を探り合うのだが、結果、詰みの一手は指せずじまい。巻を重ねるごとに、読者のやきもきする気持ちもどんどん膨れ上がっていくだろう。このあたりはさすがの山本さん。キュンキュンさせる読みどころを作るのに長けている作家だ。

『からかい上手の高木さん』で山本ワールドにハマってしまった読者なら、きっと本作もドンピシャなはず。ぜひぜひ、うるしと歩の攻防戦を楽しんでもらいたい。

文=五十嵐 大