罪を犯す前に「殺す」ことで腕のアザが減っていく――引きこもりの女子高生と謎の青年の行く末とは?

マンガ

更新日:2020/9/9

救い給え、殺り給え
『救い給え、殺り給え』(宮月新:原作、ミドリ:作画/白泉社)

 松坂桃李主演で実写映画化された『不能犯』(宮月新:原作、神崎裕也:作画/白泉社)は、マインドコントロールによって人を死に至らしめるという新感覚の心理サスペンスだった。依頼を受け、私的な裁きをおこなう主人公・宇相吹正には犯行動機もなければ、直接的に手を下しているわけでもないため犯罪の立証は不能――。依頼者の望み通りというわけだが、因果応報の言葉通り依頼者もまた破滅の道を辿ることになる。

 原作者の宮月新は、次作『シグナル100』(近藤しぐれ:作画)でも特定の行為をすると自殺するという「後催眠暗示」を用いた心理サスペンスを描いた。本作も2020年に実写映画化され話題となっている。続いて『虐殺ハッピーエンド』(向浦宏和:作画)では、余命いくばくもない病床の妹を救うため、「1日1人、人を殺す」という神の試練が課せられた高校生・真琴の葛藤が描かれた。

 奇抜な設定で人間の暗部を描き続けてきた宮月新が、今さらなるダークサスペンスを描き出そうとしている。2020年2月より「マンガPark」で連載が始まった『救い給え、殺り給え』(ミドリ:作画)は、主人公がこれまでのような単独犯ではなく、引きこもりの女子高生と謎めいた青年による“バディ”という設定だ。

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 女子高生の灰谷雫は、人と目を合わせると、これから悪事を働く人や、悪いことに巻き込まれる光景が見えるという特殊能力を持つ。それにしても陰惨な未来ばかり見える超能力なんて、まっぴらごめんである。現に雫は、子どもの頃に両親が通り魔に襲われる光景を幻視しながら、何もできずに両親を殺害されてしまった過去を持ち、ずっと自分を責め続けているのだ。

 あるとき雫の前にハクトという謎の青年が現れたことで、この能力の意味が明らかになる。ふたりの腕には数字を象ったアザがあり、それは神に与えられた使命を意味していたのだ。それが「地獄に堕ちる人を救う」こと。ただし、その「救い」とは、罪を犯す前に「殺す」ということなのである。このミッションを達成するたびに、雫とハクトの数字のアザは100、99、98と減っていく。数字が0になったとき、願いが叶うというが……。

 こうして雫が悪事を働く人を見つけ出し、傷を治癒する能力を持ったハクトが、自らを危険に晒しながら殺害を実行していくという数奇なバディが誕生。ただし、本作の救済ルールであまりに不条理なのが、罪を犯す前に殺すということは、その時点では犯罪者でもなんでもないことだ。逆に、すでに人間の法で罪を裁かれた経験がある者は、地獄行きが確定しているため、殺してもアザのカウントには影響しない。本当の悪人はスルーし、犯罪予備軍を裁いていくわけだから、ふたりに正義があるという感じでもない。

 宮月新が描き出す世界は、善と悪の境界がいつでも曖昧だ。そこにあるのは心がきしむような葛藤と、人智を超えた不条理のみ。どうやらこの世界を達観できる者だけが、宮月作品におけるダークヒーローとして浮かび上がるのかもしれない。このたび第1巻が発売されたばかりだが、雫とハクトはミッションを達成し願いを叶えることができるのか、それとも宮月作品のベースにある因果応報の報いを受けるのか、予測不能な展開が気になる作品だ。

文=大寺明