自己責任では片付けられない貧困問題……『年収100万円で生きる』

社会

更新日:2020/9/29

年収100万円で生きる―格差都市・東京の肉声―
『年収100万円で生きる―格差都市・東京の肉声―』(吉川ばんび/扶桑社)

 貧困問題が注目を集めている昨今、「貧しいのは本人の努力が足りないせい」「怠けているから貧困なのだ」など、いわゆる“自己責任論”で一蹴する人々がいる。しかし、本当に本人の努力不足だけが貧困の原因なのだろうか。『年収100万円で生きる―格差都市・東京の肉声―』(扶桑社)には、自己責任論だけでは片付けられない現実が記されている。

 同書は『日刊SPA!』で公開中の「年収100万円」シリーズに加えて、ジャーナリストの吉川ばんび氏による書き下ろし分析コラムを収録した一冊。日刊SPA!の「年収100万円」とは、実際に困窮に陥っている人々に取材班が話を聞き、彼らの生活や半生を綴るルポルタージュシリーズだ。同書には、本来住んではいけない「トランクルーム」を根城にしている44歳の男性や、うつ病を患い10社以上も転職を繰り返す48歳の男性、一回3000円でウリ行為をしている55歳の女性などの16人の男女が登場する。

 近年増えている車上生活者にも密着している。軽自動車を“住まい”にしている篠原雄二さん(仮名・52歳)は母の介護に専念するため、48歳のときに自動車工場の仕事を辞めた。その2年後に母は他界し、残されたのはスナックを経営していた母の借金と未納の税金と健康保険料。それらをすべて肩代わりしたため、彼の口座は底をついてしまう。

 再就職もままならず、ほかに頼れる人もいなかった篠原さんが、生活保護を申請に行くと「まだ家もあるし、マイカーがあるから申請は受けられない。もう一度ハローワークへ行きなさい」と、追い返されてしまったという。住まいを追い出された今、そのマイカーが篠原さんの“自宅”になってしまったのだ。

 彼のように介護離職後、再就職先が見つからず困窮を極めるケースは少なくない。貧困のきっかけは、すぐそばにあるのだ。

 そして第5章「自己責任国家に生まれて」には、吉川氏の実体験が綴られている。現在、貧困問題や機能不全家族に関する記事を執筆する吉川氏自身も、貧困家庭出身のジャーナリスト。

 彼女の両親も貧しい家庭に育ち、それぞれ中卒と高卒で社会に出て20代で結婚した。1990年に男児、翌年には女児(吉川氏)を出産し、地道に働きマイホームも購入し、一家は順風満帆に思えた。そんな彼らを貧困に突き落としたのは、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災だったという。

 地震で自宅はほぼ全壊し、マイホームを手放して新生活を始めるも、その過程で一家の貯金はカラになった。そうして「家庭はみるみる崩壊していった」と吉川氏は振り返る。

 退職と転職を繰り返す父と、非行に走り金銭を脅し取る兄、精神的に追い詰められて「死にたい」と中学生の娘に泣いて訴える母……そんな家族を見て育った吉川氏は、多感な時期に「うちは貧しい」という事実を理解したという。

 猛勉強の末に学費の安い公立の進学校に進み、高校卒業後は働くつもりだったという。当時彼女は、大学に対して「裕福な家庭の子どもだけに与えられた特権のようなもので、大学を卒業していれば就職に困ることはないが、中流以下の家庭の子どもには関係のない高水準の教育機関」という、やや偏ったイメージを抱いていた。そして受験シーズンに突入した高校3年生の夏、吉川氏は担任教諭から「300人以上いる同級生のうちで、就職を希望しているのはあなただけだ」と聞かされる。

考えてみれば、それまで自分の将来について真剣に向き合ったことがなかったかもしれない。ただただ毎日を生きることに必死で希望も持てず、家族同士の会話がほとんどなかったためか、母親とは「今この瞬間をどう乗り切るか」という話を持ちかけられることはあれど、私自身の将来の話をしたことは一度もなかったのだ。

 吉川氏は、進路面談を機に“アルバイトで働き、奨学金で大学に通う”という進路を考えはじめたという。奇しくも、進学校という環境が彼女の選択肢を広げたのだ。同じ高校に通う大多数の生徒にとって、大学進学が“普通”だったように、かつて彼女にとって高校卒業後の就職は“普通”の進路だった。育ってきた環境による認識の差を象徴するエピソードだろう。

 震災で家を失った人、新型コロナの影響で突然仕事を奪われてしまった人、貧困家庭に生まれた人……彼らの声を聞いても「努力が足りない」と、自己責任論を振りかざすことができるだろうか。

文=とみたまゆり

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