「今月のプラチナ本」は、あさのあつこ『ハリネズミは月を見上げる』

今月のプラチナ本

公開日:2020/10/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

『ハリネズミは月を見上げる』

●あらすじ●

引っ込み思案で、相手の顔色ばかり窺っている高校生・鈴美。ある日の通学中、電車内で痴漢にあってしまうが、そこで彼女を助けたのは同じ高校に通う同級生・比呂だった。物おじせず凛とした雰囲気を纏う比呂との出会いによって、鈴美の世界はだんだんと様相を変えていく――。丁寧な心理描写と瑞々しい筆致で描かれる、心揺さぶられる成長物語。

あさの・あつこ●1954年、岡山県生まれ。小学校講師として勤務の後、91年に『ほたる館物語』で作家デビュー。97年『バッテリー』で野間児童文芸賞、99年『バッテリーⅡ』で日本児童文学者協会賞、2005年『バッテリーⅠ〜Ⅵ』で小学館児童出版文化賞、11年『たまゆら』で島清恋愛文学賞を受賞。著書は『The MANZAI』『No.6』「ヴィヴァーチェ」シリーズ、「おいち不思議がたり」シリーズなど多数。

『ハリネズミは月を見上げる』書影

あさのあつこ
新潮社 1450円(税別)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

傷つけるためではなく守るための針

「みんな、誰かを怨んだり、怒ったりして生きているのかなあ。それとも……運命だって諦めてるのかなあ」。怨みは自分の中に沈殿するだけだし、諦めれば何も始まらない。自分の外へ、相手へ、社会へ、放つことができるのは怒りだけだ。「誰かを傷つけるため」ではなく「自分を守るため」の怒り。泣き寝入りするのではなく、かといって怒りを凶器のように振りかざすのでもなく、「怒りという小さな針」を持つことの大切さをていねいに伝えてくれる物語だ。ラストの爽快さは出色!

関口靖彦 本誌編集長。自分は怒りの出し方を間違えやすいので(たいてい出力が過剰)、「小さな針」という喩えを自分の中に持ち続けたいと思いました。

 

ステキな出会いを自分の糧に

引っ込み思案な高校生・鈴美と凛とした雰囲気をまとう同級生の比呂。まったく違う女の子二人の出会い、そして成長を、一冊まるごと清々しく見守った。〝あれで自分は変わった〟と思う出会いに年齢は関係ないと思うけど、中高生でそんな出会いがあったら、一生の宝物を見つけたような気分になるんじゃないかなぁと羨ましく思った。鈴美には鈴美の、比呂には比呂の成長があって、方向はひとつじゃないし、人それぞれの強さがある。だからこそ補い合って私たちは生きているんだな。

鎌野静華 キャンセルした英国旅行の日程が過ぎてゆく。今頃コッツウォルズでお茶してたかな〜などと思い悲しい。早く旅行ができるようになりますように。

 

読書感想文と創作

印象的だったのは小学校3年生の鈴美が読書感想文で本当に思ったことを書いて「それは間違っている」と指摘されるシーンだ(「ハリネズミ」の原点)。本心を曝け出したのにそれを否定されるのはきついんだよ先生。でもそういうこともあるのだ。与えられた正解や不正解を鵜呑みにする人もいれば、逆もしかり。そのグラデーションの中で我々は生きているのであって、それを若い自分に教えてくれたのは小説だったように思う。本作を読んで学生たちがどう感じたのか、ぜひ聞いてみたい。

川戸崇央 (先月の続き)整体師はラーメンを啜りながら「彼女が出来そうだ」と言う。けっこうなことだ。「昔のお客さんと今のお客さんがいて」「えっ」

 

自分を守ることを忘れるな

菊池さんのこのセリフが、力強くて、かっこいい。「泣いて、我慢して、壊れていくなんて嫌だ」。主人公の決意の言葉が、さらに胸に響く。〈自分を貴びたい〉〈この身体を、この心を誰にも傷つけさせない〉〈怒ることを忘れたくない〉。高校生の頃、この本に出合っていたら、大人になってから壊れかけては気付いた、他者に振り回されず、いの一番に自分を愛すべきことを、もっと早くに理解していたかもしれない。不条理な社会のなか、生きづらい人生に必要で、大切な言葉が詰まっている。

村井有紀子 Travis Japan特集担当。ファンの皆様の愛あるアンケートに感謝。そして中村倫也さん連載が今月で終了。約2年間、ありがとうございました(涙)。

 

怒るのも忘れないのも痛くて苦しい

主人公を導く菊池さんは怒っている少女である。「みんな怒ることを忘れちゃうんだ。忘れた振りをして、捨てちゃうんだ。そんなの、そんなのおかしい」。本当に深い傷を負ったとき、人はすぐ怒れない。その傷について語ることも、怒ることも、忘れないことも、苦しいことだからだ。なかったことにしたい気持ちは、わかる。しかし押し込めた怒りや傷は、やがて膿んで、人を蝕む。言葉にしなきゃいけないのだろう。どうやって? それはきっとこの物語はじめ、多くの本が教えてくれる。

西條弓子 ムーミンの「目に見えない女の子」ニンニの話も超おすすめ。身内から虐げられ、姿と声を失った少女が、どうやってそれらを取り戻すか。泣けます。

 

「じゃあ、どうすればよかったのよ」

怒りの気持ちはやっかいだ。そのまま周囲にぶつければトラブルになりかねないけれど、面倒を避けようと押し殺していては、問題はいつまでたっても解決しない。物語は、痴漢に逆ギレされて謝ってしまいそうになる鈴美を、同級生の比呂が助けるところから始まる。自分の気持ちに正直な彼女に鈴美は憧れるが、比呂の中にもやり場のない怒りがくすぶっている。怒りを誤魔化さない。怒る相手を間違えない。誰も教えてくれない怒り方について、愛しい主人公たちと一緒にじっくり考えたい。

三村遼子 藤井聡太棋士の登場で、将棋界のフィクションを現実が追い越しました。P20で紹介した『盤上に君はもういない』の世界が現実になる日も近いかも?

 

心にくすぶる“怒り”と向き合う

痴漢に逆ギレされ、あまりの剣幕に謝ってしまいそうになった鈴美はいう。「謝って、手を放してもらえるんだったら、それでいいと思った」。それは自分の感情に蓋をして、その場をやり過ごすための言葉。身に覚えがあるからこそ、胸が苦しくなる。しかし鈴美は比呂との出会いを通して、少しずつ変わっていくのだ。自分の中にある怒りから目を背けるのではなく、「怒ることを忘れたくない」と願う鈴美の姿に、隠し続けてきた自分の中の〝怒り〟と改めて向き合いたいと思った。

前田 萌 不要な感情だと切り捨てていた“怒り”も自分を守るためには必要なのだと改めて。作中に登場する『森の王国』も全編通して読んでみたいです。

 

「怒り」から目を逸らさない

よく「穏やかそう」「全然怒らないよね」と言われる。そんな評価に不満を抱いたことは特になかったが、本作を読んでふと、自分の中にいたはずの「怒り」の行方が気になった。何かに対して、そんなのおかしい、納得できないと声を上げ続けることはとてつもなく面倒だ。しかし、億劫さゆえにその行為を怠ってきた私にとって、傷つき苦しみながらも怒り続ける比呂の姿はたまらなく眩しい。「怒り」は簡単に手放してはいけないのだ。その厄介な感情は、大切なものを守る武器なのだから。

井上佳那子 配属されたてほやほやの新人です。目下の目標は、仕事に早く慣れることと、(今度こそ)自宅の観葉植物を枯らさないこと……。頑張ります!

 

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