「ライブドア事件」の後、残された社員はどうしたのか? 私たちの生活に不可欠なあのネットサービスに…

ビジネス

公開日:2020/10/9

『ネット興亡記 敗れざる者たち』(杉本貴司/日本経済新聞出版)

 インターネットは、流行のサイクルがとても速い。つい先日まで多くの人が使っていたサービスがいつの間にか廃れてしまったかと思えば、立ち上げて1年未満のサービスが広く普及していることもある。消費者としては、話題のものや便利なものを好きに使えばいいのだが、その栄枯盛衰の裏には、起業家たちの知られざる物語がある。
 
『ネット興亡記 敗れざる者たち』(杉本貴司/日本経済新聞出版)は、1990年代から始まる、日本のインターネット史そのものだ。時代の寵児ともてはやされた者、人知れずネットの普及に尽力した者、強力なライバルを前に撤退を余儀なくされた者、そして、敗北から立ち上がった者――膨大な取材と参考文献をもとに、日本経済新聞編集委員・杉本貴司氏がそのうねりを描き切る。本稿では、ベンチャーから外資までが入り混じる壮大な物語の中で、特に印象的だった2つの企業を取り上げたい。ライブドアとLINEだ。

「ライブドア事件」はなぜ起きたか? “成長企業”という呪縛

 2006年1月、東京地検特捜部がライブドアを強制捜査し、ホリエモンこと堀江貴文氏をはじめとする4人が逮捕された。かけられた容疑は、複雑なM&Aスキームを用いた粉飾決算。簡単に言えば、本来増資として処理すべきものを、息のかかったファンドを使い不正に利益として計上した(詳細な取引の内容は、本書を参照してほしい)。ライブドアは、なぜ粉飾の誘惑にかられたのだろうか。

 上場したベンチャー企業は、世間や株主から常に“成長”を求められる。しかし、伸び盛りのネット産業とはいえ、そう簡単に連続成長は続けられない。ライブドアは、2004年9月度の決算で、上場以来初の減益となる見通しだった。M&Aによる粉飾決算は、ライブドアの“成長”を演出するために行われた。堀江氏が頻繁にテレビに露出していたことも相まって、事件後のバッシングは相当なものだった。どこへ行っても「ライブドアはお断り」の状態で、広告収入は1割にまで落ち込んだという。

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ライブドアに残された社員が、あのサービスの急成長を支えた

 ライブドア事件の後、残された会社や社員はどうなったのか。日本中の話題をさらったセンセーショナルな事件に比べれば、その後の足取りを具体的に知る人は少ない。実は、そのDNAの一部は、国民的なメッセンジャーアプリ「LINE」に受け継がれている。LINEは、3つの会社が集まってできている。韓国のNAVERとハンゲーム、それから立ち直ろうともがいていたライブドアだ。

 NAVERは、韓国で検索サービスの大手。社名がついたサービスで日本でも有名なのは「NAVERまとめ」だろうか。しかし、本丸の検索サービスでは、ヤフーとグーグルが先行する市場で苦戦を強いられていた。NAVERは、オンラインゲームを手掛けるハンゲームと合併し、さらには2010年、売りに出されたライブドアを買収した。その理由は、ライブドアの全盛期を支えた優秀なエンジニアたちが社内に残っていたからだという。

 この「ライブドアの残党」たちが、2011年にスタートした「LINE」の急成長に欠かせない存在となる。今や誰もが使う国民的サービスが、一度敗北を味わった者たちによって生み出されたという構図はおもしろい。何が起こるかわからないものである。

 本書は他にもヤフーや楽天、メルカリの誕生秘話や、GAFAが日本に上陸する際の攻防も詳細に描いている。今、ある領域で王者となっているサービスは、ちょっとしたボタンの掛け違いでまったく別のものになっていたかもしれない――。本書に登場する幻の提携話や奇妙な人の縁、すべてを塗り変える買収劇を見ていると、そう思わずにはいられない。

文=中川凌(@ryo_nakagawa_7