ベースは実体験! 社会問題を絡ませ1996年と現代が交差する『少年イン・ザ・フッド』

マンガ

公開日:2020/10/24

少年イン・ザ・フッド
『少年イン・ザ・フッド』(SITE/扶桑社)

 令和元年、『少年イン・ザ・フッド』(SITE/扶桑社)の主人公である15歳の男子高校生ヒロトはあることから、近所の団地に住む謎のDJ「ドゥビさん」に食事を運ぶようになる。あるとき、ドゥビさんの家で見たことがないものを発見したヒロトはドゥビさんに尋ねる。

“あの、これってビデオテープですか”

 男性は答える。

“現代っ子は知らないのか
それはカセットテープだよ
昔 俺が作ったミックステープだ”

 今の高校生がカセットテープを知らないことにまず衝撃を受けたが、「ミックステープ」という言葉は私も初耳だった。楽曲をリミックスしたテープのことを指すらしい。

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 ヒロトはどこにでもいるような少年である。令和元年5月に高校1年生ということは、生まれたのは2003年か2004年の早生まれだ。1996年ははるか昔だと感じているだろう。

 彼は学校でいじめられているが、スクールカーストを1軍、2軍、3軍に分けて自分を1軍の取り巻きの1.5軍だと自負している。

 だがヒロトの同級生には、そんな価値観をものともしない人もいる。グラフィティライターの顔を持つ通称マーシーだ。

“お前さぁ… 死んだまま生きて楽しいか?”

“そうやって一生自分を殺しながら生きるのか?”

 マーシーの冷静な言葉はヒロトの心をえぐり、彼の運命を変えていく。

 これは実話をもとにした漫画で、現実に起きたことが描かれている。裏表紙をめくると、1996年の著者の写真がある。筆者は当時小学生だったが、テレビで見るダンスグループのメンバーたちがよくこのような服装をしていたのを覚えている。

 1巻の作中でも、中盤、時代は急に1996年に遡る。そこでは当時のヒップホップやカルチャーが描かれると共に、現代と変わらない社会問題も登場する。

 こうして見ると本作にはたくさんの要素が詰まっている。そのひとつひとつが物語の流れに沿って描かれているため、「たくさんのことが描かれすぎて本筋がわからなくなる」といった事態は起きない。

 面白いのは、現代と1996年で若者たちの使っている言葉が異なることだ。1996年のエピソードでは「コギャル」「だっちゅーの」という当時の流行語が登場する。

 一方現代では、「マイメン」といった新しい言葉を10代が話している。これは1996年には存在しない言葉だったなと気づき、時代が変わったことを実感させられる。

 学校内での理不尽ないじめや暴力には爽快感のある決着が用意されていて、読者は一息つく。ところが1巻の終盤、物語は思いがけない展開になる。

 現在も「週刊SPA!」で連載中のこの作品は、2巻以降、よりいっそう主人公ヒロトの目に映る世界を広げていくのではないかと思う。ヒロトの同級生でモデルもしているサカエは、魅力的な少女で恐らく本作のヒロインだ。しかし謎めいている。彼女がどのような人物なのかも次巻以降で明かされていくだろう。

 そして何より、本作で印象的なのは現代と交差して描かれる1996年の様子だ。90年代の記憶がある人もない人も、現代の場面で主人公の変化を追いながら、同時に1996年を楽しめる。読む人の世代すら選ばない稀有な漫画だと言えるだろう。

文=若林理央