バリバリ働くOLの日常を癒すキュートなラッコ! かわいくてほっこりして、不思議とほろり『OL、ラッコを飼う。』

マンガ

公開日:2020/12/16

OL、ラッコを飼う。
『OL、ラッコを飼う。』(井上知之/白泉社)

 ほっこり系マンガに近頃妙に惹かれてしまうのは、疲れているのか年をとったからなのか。なんにせよ、現実にはなかなか得難いぬくもりが『OL、ラッコを飼う。』(井上知之/白泉社)には満ちていて、読んでいて癒されると同時に、不覚にもほろりときてしまった。いや、感動シーンとかはとくにないし、物語の起伏がめちゃくちゃあるわけでもないし、タイトルどおりOLがラッコを飼っているだけの話なのだが、ふしぎと沁みてしまうのである。

 OLがラッコを飼い始める話かと思って読み始めたら、もうすでに飼っていて、しかも人間の言葉こそ話さないが、意思の疎通もとれるし、一緒に水族館に行ったり散歩したりクレープを食べたりもする。だからOL――主人公・時庭ゆとりのペットというより、ラッコは家族のような存在だ。しっかり者で、働き者で、ソツはないし信頼もされるけど、どこか人間関係に一線をひいているタイプのゆとりだが、ラッコの前ではケラケラ笑うし、酔っ払いもする。土日をラッコと過ごす時間が彼女のガス抜きになって、また一週間、がんばって働くことができる。そんな存在が、たとえ人間でなくてもそばにいてくれることの幸せが、本作にはぎゅっと詰まっている。

 一緒にマッサージに行ったら、凝りとは無縁なせいでバタンバタンと暴れるラッコとか、水族館ではしゃいでおなかがすくラッコとか、ふたりで遊びながら風呂掃除をしてゆっくり湯船に浸かる情景とか。日々のちょっとしたことを、たとえ感じ方が違っていても、わかりあえなかったとしても、共有していくふたりの姿に、これこそが“ともに暮らす”ということだよなあ、と思う。

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 個人的にいちばん好きだったのが、ふたりが夕方と夜の境目をさまようエピソードだ。「もう夜だから帰ろう」というゆとりに、ラッコは「まだ明るいから夕方だ」と主張する。「みんなが帰る時間だから夜だよ」とゆとり。「車が電気をつけていないから、まだ」とラッコ。こっちの外灯はついていないけど、あっちはついている。あっちはまだ太陽に近いから、明るい……。というふうに、一日を終わらせまいとするラッコとともに歩く帰り路の風景に、なんだかとほうもなく、さびしさと愛おしさがこみあげてくる。

 そして、どんなにラッコと一緒の時間を過ごそうと、ゆとりがいつまでも“ひとり”であるところも好きだ。共有はしようとするけれど、相手に自分を過剰に重ねすぎず、自分のなかにわきおこる感情と物思いはすべて、自分だけのものだとゆとりは知っている。ラッコは決して自分の“モノ”にはならないと知っているから、その暮らしがいっそう、尊いものに感じられるのである。

 相手がラッコだろうと、人間同士だろうと、こういう日常を送ることができたら最高なのだけど、なかなかそんなに美しくはいかないのが現実。でもだからこそ、憧憬とともに読者はこの作品に惹きこまれていくのだろう。

 著者によれば最初は「タコと尼」なんて案も考えていたらしい。ずいぶん突飛だが、それはそれでぜひ読んでみたい。

文=立花もも