ゴルゴ13もタッグを組みたくなる? 世界の紛争を“チセイ”とプロレス技で解決! ためになる痛快チセイマンガ

マンガ

公開日:2021/2/3

紛争でしたら八田まで
『紛争でしたら八田まで』(田素弘/講談社)

 民族、言語、思想…これらが違えば起きる事件・紛争。その「解決のための交渉」を描くのが『紛争でしたら八田まで』(田素弘/講談社)だ。

 主人公の名前は八田百合(はった ゆり)。“チセイ”を武器に、荒み疲れ果てた世界の現場を救う。複雑に入り組んだ国・地域・民族の問題を、鮮やかな手並みでクリアにし、最後には「前を向かせる」。読後感は非常にスカッとする。

 さらに現代・最新の世界情勢が分かりやすく頭に入って来るのも魅力。物語の背景にはまさに現在進行形の地域紛争や民族問題が下敷きとして描かれている。「東京海上日動リスクコンサルティング」の川口貴久氏が監修を担当し、エピソードごとの国を解説するページも収録。非常にリアルかつ分かりやすい、知識欲も満足させてくれる作品なのだ。

「ゴルゴ13もタッグを組みたくなる魅力が彼女にはあるようだ」

 さいとう・たかを氏の帯コメントで激賞されている百合と本作を紹介していく。

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世界を飛び回る主人公はチセイと荒技を併せ持つ解決屋

「八田のチセイにおまかせを」が決め台詞の八田百合は、地政学リスクコンサルタント。眼鏡美人で泣きボクロにミニスカートがトレードマーク。英国のS.P.A.という企業から依頼を受けて、世界の事件・紛争を“チセイ”と“荒技”で解決するのが仕事だ。

“チセイ”とは、もちろん知性であり、そして地政学を表す。地政学とは耳慣れない方が多いかもしれないが、簡単に言うと「地理的な位置関係が、どのように政治や国際関係に影響するのか」を研究する学問である。百合は事件や紛争をこの地政学の観点から解きほぐしていく。

 ミャンマーに進出した日本企業が理解しえない民族の対立。タンザニアの因習を利用した鉱山の利権争い。大国ロシアと争うウクライナで起きる組織内トラブル。はては百合の地元・長野県のヤンキー(レディース)の勢力争いまで、これらすべてについて「隣国同士は対立する」「敵の敵は味方」など、地政学の基本概念をもとに問題の本質を見極める。

紛争でしたら八田まで

私の仕事の解決に世界のすべてが関わるの
だから私は
歴史
宗教
政治
経済
軍事
エトセトラエトセトラ
チセイをビッチリ詰め込む必要がある

 こうして百合は考えに考え抜いたうえで、それぞれの思惑をもつ複数の勢力に対し、双方が納得できる解を導き出す。

 そして“荒技”、百合は物理的な強さも併せ持つ。いわゆる銃火器の扱い以外に変幻自在のプロレス技を使いこなすのだ。これは物語のスパイスのひとつになっている。事件の解決時の文字通り“決め技”にもなる。なぜか昭和のプロレス技やネタが多く、作中でも理解できる登場人物はいないのだが…笑。

パワフルな百合の力の源は、世界のローカルグルメ!

 百合が食べる各国、各地域のローカルグルメが描かれるのが本作のお約束。メジャーなものとしては、彼女が住む英国のキドニーパイやブラック・プディング(豚の血や脂身、オートミールなど肉以外のつまったソーセージ)。ウクライナのボルシチ(世界三大スープにも数えられ、材料はビーツがメイン)にパンプーシュカ(揚げパン)、インドのマトンカレーなどだ。さらにマニアックなご当地B級グルメも多数登場する。

 ミャンマーのナマズなど川魚の麺入りスープ・モヒンガー。タンザニアのバナナスープ・ムトリ。小麦粉をこねて丸く揚げて穴をあけ、そこにスパイス入りの水やポテトを入れたインドのパニプーリー。羊の頭を焼いて半分に切って塩水で茹でたアイスランドのご馳走・スヴィーズ。日本の長野県特有の麺料理・ローメンも描かれる。また情報はもちろん、食レポもまた、すごくいい。

紛争でしたら八田まで

独特な風味の羊のソーセージ
生玉ねぎと
揚げ玉ネギが
織りなす
複雑な歯ごたえ
レムラード・ソース(※)の
酸味と甘みが
食欲をさらに高める…

※マヨネーズにマスタードなどを加えたソース

 これはアイスランド・ホットドッグの描写だ。思わず日本で食べられるところはないのか検索してしまった…。各国・各地域の“地のもの”に舌鼓をうつ、これが百合の力の源である。このワールドワイドなローカルグルメ情報と食レポにも、ぜひ注目してほしい。

明らかになっていく百合の過去、目的、そして敵

 軽妙なテンポと明るい雰囲気の作品だが、その実、百合は命のやりとりも辞さず世界を飛び回る。彼女の目的とは…。2巻時点では完全に明らかになっていないが、どうやら譲り受けた土地のために多額の金が必要なようなのだ。

 さらに彼女がこの仕事を始めるきっかけになったという女性、エステルの存在。そしてたびたび登場する謎の青年。彼もまた世界を回りながら“仕事”をし、その中で百合が解決する紛争にかかわってくる。これらの伏線の回収はこれからのようである。

 現代の紛争地域を飛び回り、食べて、暴れて、チセイをフル活用し、かかわる人間に「前を向かせる」。百合の痛快な冒険を、ぜひ読んでみてもらいたい。

文=古林恭

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