自殺予定だった男×姿なき神に800年仕え続ける少女。2人が手に入れた第2の生の物語

マンガ

公開日:2021/3/1

アエカナル
『アエカナル』(笹倉綾人/KADOKAWA)

 日々を生きている中で、「もうダメかもしれない」「いっそ死んだ方がラクなのでは」「消えてしまいたい」と思ってしまう瞬間を経験する人も少なくない。実際、そうして自ら命を絶ってしまう悲しい事件も日常的に起こっている。しかしそんな中にいたとしても、生きている間は何が起こるか分からない。思わぬ出会いによって救われることもある。『アエカナル』(笹倉綾人/KADOKAWA)は、まさにそんな出会いによって再び生きる希望を持つことができた、1人の男の物語。

 本作品の主人公は、寝る間もないほどハードな仕事に追われるブラック企業に就職してしまい、精根尽きて死に場所を求めて山奥へとたどり着いたサラリーマン・定井光臣(サダイ)。サダイは自殺サイトの実践マニュアルを頼りに山に来たものの、スマホの電波が入らず死ぬ方法が分からなくなってしまい、どうにか電波を拾おうと四苦八苦していた。そんな中、1人の少女が木の枝に紐を括りつけている場面を目撃する。サダイは彼女が自殺しようとしていると思い込み、思わず飛びついてそれを阻止――したのだが。実は彼女は、ただ芋を干そうとしていただけだった。ここから、2人の関係はスタートする。

 話を聞くと、この少女・アエカは「八百比丘尼(やおびくに)」、いわゆる人魚を食らった不老不死の女で、今は廃村となってしまった村で崇められていた山の大神「大神様」と結婚し、800年もの間その神に仕えている身だという。しかし村が廃れたことで大神様も去り、150年前に最後の村人が死んでからはずっと1人で生きている。アエカは、そうサダイに淡々と説明する。

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 そんな途方もない話、普通なら子どもの妄想だと思うだろう。しかしアエカの貫禄と色香には言葉では説明できない力と説得力があり、サダイは彼女の話を信じることにした。こうして出会ったサダイとアエカは、それぞれ孤独を抱えていたこともあって互いに惹かれ合い、しばらく行動をともにすることに。「おまえの様な心優しき者が我が夫であったなら…などと思うてしもうたからなのじゃよ」「貴女のような方をお嫁に貰えていたら良い人生だったのかもしれません」と自然と素直な気持ちで思いを伝え合う2人を見ていると、心から祝福したくなる。

 山奥での生活は、もちろん決して楽なものではない。水道やガス、電気もなければスーパーやコンビニなど気軽に食品や日用品を調達できる場所もない。それでも2人は、日々をとても楽しそうに暮らしていく。川で水を汲み、薪を拾い、山菜などの食材を調達し、そうして得たもので食事を作る。そんな穏やかな時を過ごす中で、サダイとアエカは互いにとってかけがえのない存在となっていく。

 2人の生活を見ていると、結局人が生きていくのに本当に必要なものは、最低限の衣食住、そして大切に思い合える誰かの存在なのではないかと感じる。1人では続かないこと、耐えられないことでも、本当の意味での仲間や味方がいれば頑張れることもある。この2人は、そういう存在を、生きるためのパートナーを手に入れたのだ。

 一方、サダイは死ぬために山へ向かう前、唯一信頼していた先生・古城先生へと手紙を出していた。いわゆる遺書だ。先生に、保険金の受取人になってほしかったのだ。これを受け取った先生がサダイと同じゼミ生だった栗原という女性にこのことを相談し、栗原はサダイの家を訪れる。彼女がそこで見たものは――。

 終わるはずだったサダイの新たな生活は、そして残された者たちは、今後どうなっていくのか。どこかで再び交わることがあるのか。『アエカナル』はまだまだ始まったばかり。これからの展開を、2人の生活を、ぜひ見守りたい。

文=月乃雫