20年間好きなオトコは既婚者、元彼は家族と仲良し…ブラシ職人の仕事と恋模様を描く『にれこスケッチ』

マンガ

公開日:2021/5/30

にれこスケッチ
『にれこスケッチ』(鴨居まさね/祥伝社)

 ブラシ職人になった29歳女性の恋模様を描いた作品『にれこスケッチ』(鴨居まさね/祥伝社)が、完結を迎えた。

 ままならぬ恋を続けて20年の松岡楡(まつおかにれ)の選択とは…。完結となる第3巻の読後感は本当にさわやかなものだった。ものづくりには真剣に取り組みつつ、恋に悩んできた楡。彼女の変化を見守ってきた一読者としては、大きな満足感が得られた。

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“にれこ”は恋も仕事もあきらめない

 まずはあらすじから。松岡家は創業100年のブラシ屋。その末っ子の3女が“にれこ”こと楡だ。今は母と祖母がブラシ職人をやっている。

 そんな実家に彼女は帰って来ていた。同棲していた相手と別れ、会社を辞めて。仕事は幼なじみで、姉の同級生である清田の傘工房でのアルバイトだ。

 楡は小学生で初めて会った時から20年以上清田に恋し続けている。文字通り彼を追いかけまわしてきた。ただし今、清田は既婚者なのだが…。

 彼女はこの不毛な恋を周囲に隠すこともなく、清田の下で職人見習いとして3年もの間、働いていた。彼は“気を持たせず”、社員にはできないと公言している。ただ楡は清田くんの傘と傘作り自体が大好きで…。

 恋も就職も見込みゼロの毎日を変わらず過ごし、まもなく29歳になるところで転機がまずひとつ訪れる。現役のブラシ職人である祖母の片目がほぼ見えなくなってしまったのだ。片目でも作業はできるが、生産ペースは徐々に落ち、家業のブラシ屋は回らなくなる。母・久子は楡に言う。

あたしと一緒にブラシ屋継いで

あんたはせっかく就職した会社も続かず 実家に戻ってきて フリーターで 結婚するでもなく

 いや現実の母娘もこんなものかもしれないが、かなりキツい母…職人で下町気質で口が悪いのだろうが。読んでいて冷や汗をかくシーンである。

 だがそもそも楡には負い目もあった。彼女が実家に戻ったために、母と同居するはずだった祖母が、店でひとり暮らしをしていたからだ。

 清田のことは好きだが、傘作りにもハマっている彼女は、そもそも手仕事が好きである。そして決意する。

やるよっ ブラシ屋やりますっ 定休日にバイトするのは自由だよね

 かくして、楡は清田のことも傘作りもあきらめず、ブラシ職人への道を歩み始めた。実際やってみると楽しく、次々と作業を覚え、新商品の企画も出す。

 傘作り、ブラシ作りの描写は本当にリアルで、「職人もの」としての完成度も非常に高い作品だ。

楡の変化。仕事に没頭し、気づき、選ぶ

 ただ本作は職人のラブストーリーで、本題は楡の恋だ。ただ“かっこいい清田くん”と不倫してまで付き合いたいのかというと、そんなせつない雰囲気にはならない(著者・鴨居氏のゆるく優しげな作風もあるが)。彼女自身もよくわからなくなっていた。

本能的習慣的に清田くんを追っかけてきた
あれは恋心かというとちょっと違うような
でも今でも傘作ってる姿はかっこいいと思うし いつも気になるし引っかかってるし

「もう一生独身でも仕方ない」などとも考える楡、そのこじれた恋には、実は母・久子がかかわっている。仕事でも恋でも母が本作のキーパーソンなのだ。「久子怖っ」となるかもしれないが、そこはぜひ本編で確かめて戦慄してほしい。

 楡が変わるもうひとつの転機が、同棲していた元彼の松谷との再会だ。松岡家の次女で医師の愛と彼が、偶然街中で出会う(お互い顔見知りだった)。さらに松谷の入院した先が愛の職場だったのだ。

 その病状が小麦によるアナフィラキシーだとこっそり聞く楡。同棲当時、彼のアレルギーを知らなかった。当時は自分の仕事もキツすぎて余裕もなく、松谷の体調不良に気づかず、いつも不機嫌そうだと思っていた。

 話は愛の飼い猫・ブラ子がつなぐ。松谷は、楡と同棲していた時に半年間預かっていたブラ子が忘れられないでいた(最初は楡以上に…)。彼が頼み込んで行った愛の家で、ブラ子との異常な仲の良さが発覚する。それも知らなかった楡はショックを受けつつ、猫によって姉、ついでに母と仲良くなっていく元彼にフクザツな感情を抱く。

ブラ子との仲をカミングアウトしてから別の人みたい
もっと何考えてるかわかんなくてつめたーいかんじの人だったよ

 こうして、なしくずしに家族ぐるみで松谷との距離が縮まっていくなか、店にひとりの女性がブラシを買いに来る。彼女こそ清田の妻・靴磨き職人の秋歩だった。清田より年上でゴージャスな美人、松岡のブラシにうっとりする彼女に目を奪われる楡。この出来事の後、物語はクライマックスに――。

「かっこいい清田くんが好き」
「仕事に没頭したい」
「ヨリを戻すの周りにばっか大賛成される」
「こんなだった? お互いトシとった? 違和感のなさが違和感」

 いくつもの思いを抱えてブラシ作りを行っているなか、果てしない“職人道”の長さに気づく楡。傘工房で働いていた時とはまったく違うしんどさのなかで、彼女は本当に必要なものを選ぶ。選べるように変わったのだ。

 最後に言いたいのが、最終回の表紙絵がぐっとくること。表紙カバーを取った下のテキスタイルがかわいいこと。そして楡以外の“立っている”キャラクターたちのことがもっと知りたい! ということだ。鴨居先生、スピンオフなどで彼らの話、読みたいです!

文=古林恭

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