『サピエンス全史』著者も絶賛! 「性悪説」をひっくり返し、人類に“希望”をもたらす名著

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更新日:2021/7/30

Humankind
『Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章(上・下)』(ルトガー・ブレグマン:著、野中香方子:訳/文藝春秋)

「わたしの人間観を、一新してくれた本」――世界的なベストセラー『サピエンス全史』の著者・ユヴァル・ノア・ハラリ氏の賛辞が目を引く『Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章(上・下)』(ルトガー・ブレグマン:著、野中香方子:訳/文藝春秋)。オランダの歴史家・ジャーナリストによる本書は本国オランダで25万部突破のベストセラーを記録し、世界46カ国での翻訳が決定。日本でも「邦訳が待ちきれない! 2020年ベスト10洋書」(WIRED日本版)に選出されるなど早くから期待されてきた一冊だ。

 本書のテーマはズバリ「性善説」。人間の本性は基本的に「善」であるとする考え方だが、実は近現代の社会思想は逆の「性悪説」で動いてきた(そもそもキリスト教にも「原罪」という考え方がある)。たとえば社会格差や差別、環境破壊といった問題の解決を多くの人が願うが、そのベースには「このままにしていたら悪くなる一方だ」という考え方が当たり前のようにあるのではないだろうか。いってみれば「人間を信じていない」からこそ悲観的な未来を描くわけで、著者はそうした暗い人間観を裏付ける心理学や人類学の定説の真偽を、世界中を飛び回り、関係者に話を聞き、エビデンスを集めて確かめていく。そしていきついたのは思わぬ結論――もしかして「人類はもっと “いいやつ”なんじゃないか説」――だったのだ。

リアル『蝿の王』は、助け合って生き延びた!

 1954年に英国のウィリアム・ゴールディングが書いた小説『蝿の王』をご存じだろうか。航空機事故で南太平洋の孤島に漂流した少年たちがサバイバルの中で獣性にめざめ陰惨な闘争へと向かうという物語は、「人間の暗部」をリアルに描く傑作として今も読み継がれている。だが科学的洞察をふまえると小説のような悲劇的な結末にならないのではないかと考えた著者は、トンガの無人島に漂着し1年を過ごした少年たちがいることを知る。今も生きている当時の少年たちに話を聞いてわかったのは、彼らは2チームに分かれて庭仕事、食事の支度、見張りをこなし、喧嘩もしたが仲直りをして平和に過ごしたということ。発見された当時の健康状態もこれ以上ないほどよかったとのことで、極限状態の子どもたちが自然に発動したのは悪意ではなく、「助け合って生きる」という本来の善性だったのだ。

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兵士は戦いたがらなかった

 善ならば、なぜ激しい悪意の現出たる「戦争」が起きるのだろう。要因の分析は本にまかせるとして、ひとまず実際の戦場には人間の善性を裏付けるエビデンスがいくつもあるのは覚えておこう。第二次大戦の退役軍人への聞き取り調査でわかったのは、半数以上が敵を1人も殺していないこと。さらにアメリカ空軍のパイロットも「一機も撃墜しておらず、そうしようとしたことさえなかった」と証言している。またフランス軍の1860年の調査では、兵士は銃を撃つ時にはあえて敵の頭上を狙い続けるか、銃を撃たない言い訳になる別の用事をしていたという。つまり「兵士たち自身はあまり戦いたがらなかった」のだ。

有名な心理実験も結果が歪められていた!?

 とはいえ悪意の暴走は科学的に「証明」されてきたと思うかもしれない。たとえば「スタンフォード監獄実験」(普通の人が特殊な肩書きや地位を与えられると、その役割に合わせて行動してしまうことを証明しようとした実験)や「ミルグラムの電気ショック実験」(閉鎖的な状況では人間は権威者の指示に従ってしまうとしたことを証明する実験)などは、「普通の人でも一定の条件が課されると悪意を暴走させる」ことを印象付けた。だが、どうやらこうした有名な心理実験の数々の裏では「悪意の暴走」を促すために作為的な介入がなされ、さらには「もう実験はやめたい」「茶番だと思ってつきあっていた」など結果にふさわしくない被験者のコメントが無視されたのだという。

 このように本書では、通説となっていた性悪説の真偽をひとつひとつ確かめ、「人間は善である」という証拠をひとつひとつ積み上げていく。人類の誕生から文明社会の進化、そして未来に向けて、その「善」がいかに発揮されてきたのかを知ることは、目から鱗がおちるような新鮮な体験であり喜びだ。とにかく、こんなに未来が楽しみになってくる本もめったにない。500ページ超えのボリュームもなんのその(邦訳がスムーズでわかりやすいのでご安心を)、タイトルの通り人類に「希望」がもてる貴重な一冊だ。

文=荒井理恵

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