障がいがあっても生まれた階層によって適切な支援を受けられないことも…「知っている」と思っている人ほど知らない「日本の格差」

社会

公開日:2021/8/28

格差と分断の社会地図 16歳からの〈日本のリアル〉
『格差と分断の社会地図 16歳からの〈日本のリアル〉』(石井光太/日本実業出版社)

 このルポルタージュと出会えてよかった。石井光太氏が手掛けた書籍を手に取ると、いつもそう思う。『物乞う仏陀』(文藝春秋)でデビューして以来、石井氏は15年以上、世界と日本の貧困や格差問題を取材。講演も開催し、学生たちに格差と分断の真実を伝え続けてきた。

 そんな石井氏の新刊『格差と分断の社会地図 16歳からの〈日本のリアル〉』(日本実業出版社)には日本社会を隅々まで取材してきたノンフィクション作家だからこそ語れた、最新の格差事情が綴られている。本書では取材で見聞きしたことだけでなく、約50点ものグラフや図表で数字的根拠を挙げながら、日本社会で見られる7つの格差構造と引き起こされつつある分断を具体的に紹介。

 この社会に格差や分断があることなんて分かっていると思う人もいるかもしれないが、石井氏は賃金や性別などによる一般的に思い浮かべやすい格差に加え、障がいや国籍による格差なども教えてくれるため、これまでとは違った視点からも社会の在り方を考えることができる。

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障がい者が陥る可能性がある「福祉格差」とは?

格差と分断の社会地図 16歳からの〈日本のリアル〉

 格差が拡大している近年、人々は階層ごとに断ち切られ、同じ国にいながらもまったく違う景色を目にしている。

 例えば、生まれ育った家庭環境により所得格差が生じたり、生まれつきの特性によって働ける職種が限られて職業格差を感じたりし、どんな生まれや育ちでも努力次第で素晴らしい人生を手に入れることができると言いがたいのが日本の現状。中でも、目を向けられにくいのが障がい者が陥る可能性がある「福祉格差」。

 あなたは「累犯障がい者」という言葉を聞いたことがあるだろうか。累犯障がい者とは、社会からドロップアウトし、軽犯罪を何度も重ねて刑務所に入る障がい者のこと。こうした生き方には「福祉格差」が大きく関係しているという。

 当たり前だが、ほとんどの障がい者は犯罪に手を染めることなくまっすぐ生きている。日本では特別支援学級が設けられていたり、障がい者雇用が法律で義務付けられていたりするため、福祉のレールに乗ることができれば、周囲のサポートを受けつつ、自立して生きていくことは不可能ではない。だが、中には親の無理解によって、そんな生き方を選べない人もいる。

 知的障がいのあるHも、そのひとり。幼い頃、両親が離婚し、Hは祖父母のもとへ。しかし、祖母はギャンブルにのめりこむ祖父への鬱憤をHにぶつけた。Hは小学校高学年の頃いじめに遭い、不登校に。すると祖母はHを近所の町工場で働かせた。

 障がいの影響もあったのか、Hは作業中に3度も事故に遭い、指を5本失う。会社を解雇され、中学校に通うも再びいじめを受けてしまい、Hは家出。野宿をしながら店で盗みをしたり、空き巣に入って食いつないだりした。

 警察に補導され、家に連れ戻されたこともあったが、そのたびに祖母とぶつかり、再び家出。やがて祖母から引き取りを拒否され、少年院や施設を行き来するようになった。

 読み書きができず、指が5本もないため、成人後は仕事を見つけるのが難しく、Hは刑務所に出たり入ったり。いつしか毎日3食食べられ、布団や服を支給してもらえる刑務所を安心できる場所だと感じ、出所しても無銭飲食をしてわざと逮捕されるようになった。なんとHは70数年のうち、50年ほど少年院や刑務所で暮らしてきたという。

 犯罪は、もちろんいけないこと。だが、必要な時に適切な支援を受けられていたならば、Hにはもっと違う未来があったはずだ。

 日本では「地域生活定着支援センター」という機関が高齢や障がいなどにより自立が困難な刑務所出所者の更生を支援しているが、Hのように何十年も誰からも助けてもらえず生きるために犯罪に手を染めてきた人は福祉と繋がることを自ら拒絶してしまうこともあり、他の生き方を選ぶのが難しいという。

 石井氏はこうした事実を伝えつつ、石川県の複合的な福祉施設「シェア金沢」が行う健常者と障がい者の溝を埋める、斬新な取り組みも紹介。劣悪な境遇にいる障がい者も福祉のレールに乗れ、障がいを不利に感じなくてもいいような社会づくりをしていこうと訴えかける。

 福祉格差に限らず、あらゆる格差をなくし、分断を食い止めるにはまず自分が生きてきた現実を当たり前だと思わないことが大切。「自己責任」という言葉で他者の苦しみを切り捨てず、自分とは違う環境の中で必死に生きてきた相手の声に耳を傾けてみたら、私たちは「ノーマライゼーション」や「多様化社会」などという難しい言葉を用いなくても、互いを尊重することができるようになる。

 他者を知ろうと努めることは、無理解の連鎖を止める第一歩。柔らかい言葉で日本の格差問題を伝える本書は、10代・20代の若者にも手に取ってほしい1冊だ。魂がこもった叫びに心を傾け、今よりも生きやすい未来を掴む方法を共に考えていこう。

文=古川諭香

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