これは恋愛orサスペンス!? 青木U平さんが新境地を切り開く漫画『ミワさんなりすます』
更新日:2023/9/5

この漫画はギャグなのか、それともサスペンスなのか……いや、恋愛漫画がいちばん近いのかもしれない。読みながら、いろいろなジャンルの作品を同時に楽しんでいるような感覚になった。
その漫画のタイトルは『ミワさんなりすます』(青木U平/小学館)。
作者の青木U平さんの漫画は、いつもテーマが斬新だ。例を挙げると去年完結した『マンガに、編集って必要ですか?』では、漫画と漫画編集者の関係をドラマとして描き、最後は多くの読者が「漫画制作で編集者ってこんなに大切なんだ」と驚かされた。
「青木U平といえばこれ」とひとつの作品ですべてを語ることのできない、異なる面白さがそれぞれの漫画にあるのだ。
本作はそんな青木さんの最新作であり、映画オタクの主人公が大ファンの俳優の家政婦になりすますというストーリーだ。
主人公の久保田ミワは29歳の不器用な女性である。気を遣いすぎる性格も災いしてしまい、要領よく行動できない。一生懸命頑張っているのに、うまくいかない。多くの人たちが抱えている生きづらさである。読者はミワにすっと感情移入できるだろう。
ミワにとっての救いは映画だった。ミワは泣きながら家で映画を流し、大好きな俳優・八海崇(やつみ・たかし)を見る。
“彼の出る映画には 圧倒的なエネルギーがあって、
詰んでる私の人生に 生きる力を与えてくれる。”
のめりこめるものがひとつでもあれば、辛いことがあっても乗り越えられる。ミワにとって八海の出る映画がそうだった。
そんなミワに思いがけない出来事が起こる。ひょんなことから八海の新しい家政婦だと誤解され、彼の家で家政婦になりすましてしまうのだ。
本作は、一見ギャグ漫画のようだ。ギャグ漫画は、なんでもありの世界観を持つ作品が多いが、本作のベースにあるのは「なりすまし」が犯罪であることだ。現実的である。笑っていると、ときどきそれを思い知らされてドキっとする。
ミワもなりすまし家政婦でいることに罪悪感を抱いていて、自分は本物の家政婦ではないと打ち明けようとするが失敗する。そして、じょじょに八海が映画以上に魅力的な性格であることを知り、なりすまし家政婦でいることをやめられなくなる。
八海は、ずっと否定されてきたミワの性格を肯定してくれる稀有な人物だった。
例えば、ミワは仕事中に、ボトルシップのプレートを何も言わず新品のようにきれいにした。それを自慢しないミワに、八海は今までの家政婦たちにはない奥ゆかしさを感じる。また、DVD化されていない自主制作でも、八海の出演映画であれば台詞をひとつ聞くだけで何なのかわかる。八海が「映画のあのシーンが良かったなあ」と言えば「56分24秒あたりでは」と即答できる。
八海はそんなミワに感銘を受ける。二人のやりとりを見ると、なぜか読者である自分も肯定された気がして元気づけられる。
八海のマネージャー・藤浦華純(ふじうら・かすみ)は、そんなほほえましい漫画にスリリングな要素を添える存在だ。彼女は早い段階からミワに対して違和感を抱いている。そして1巻の終盤、ミワがなりすまし家政婦であることを確信させるような出来事が起きてしまう。
ミワの正体は判明してしまうのか。それともこの窮地を乗り切るのか。ギャグ、恋愛、サスペンス。そのすべての要素を絡めた本作の世界観にはまったら、もう抜け出せない。
文=若林理央