「成長すること」ってそんなに大事? 自ら “成長教”に囚われた夫の姿を描くコミック

マンガ

公開日:2022/1/19

夫は成長教に入信している
『夫は成長教に入信している』(紀野しずく:原作、北見雨氷:漫画/講談社)

 世の中には自らの目標のために努力を重ねている人がたくさんいる。「真面目」と周囲に言われる人の多くがそうなのではないかと思う。自らを成長させようと頑張っている人にはエールを送りたい。

 ただ、私は何度か無理を重ねて心身が疲れ果ててしまったことがある。休息が必要だと頭ではわかっているのだが、数日休んだだけでやらないといけないことを放置しているような罪悪感に苛まれてしまい、心は全然休まらなかった。

 どうすれば罪悪感を持たずに休息することができるのだろう。そんなことを考えていたときに出会ったのが、『夫は成長教に入信している』(紀野しずく:原作、北見雨氷:漫画/講談社)である。

advertisement

 この漫画のメインキャラクターは妊娠中のツカサと、ツカサの夫のコウキだ。コウキは自分を成長させたいという気持ちが強く、日夜努力している。彼は生活すべての生産性を上げるためにすき間時間にも予定を入れ、休みの日もたまっている仕事を片付けるために会社へ行きたいと言う。

 そんな彼は職場で高い評価を受けていて、無理をしてでも期待に応えようと張り切っている。

 一方、ツカサは異なる角度で夫を見ていた。彼女はコウキのことを「成長教に入信している」と考える。過労で倒れそうなコウキを時に心配し、時に呆れた目で見ている。

夫はまるで カチカチ山のタヌキのように
自らの背中が炎上しているのに気がつかない――!

 しかし本作は、成長のために頑張るコウキを否定する漫画ではない。行動は極端に見えるかもしれないが、彼はどこにでもいる「目標のために頑張り過ぎて、無理をしてしまった人」なのだ。

 後半、コウキの心情や、子供の頃、どのように育てられたかが明らかになる。コウキの両親は、息子に安定した人生を送ってほしいと願い、彼が将来の夢を話すと大反対した。だからこそ大人になったコウキは、親に敷かれたレールを歩まず、世界に爪痕を残したいと望む。休息を求める気持ちを封じ込め、オンオフのメリハリがつけられなくなったのだ。

 私も将来の夢に繋がる道を断たれた経験があるので、コウキの気持ちはよくわかる。親や周囲を見返したい、そのためには誰よりも頑張らなければと思ってしまうのだ。

 追い詰められるコウキを見て、ツカサは夫と向き合いたいと思うようになる。コウキもツカサによって、自分がいちばん大切にしたいものが何なのかに気づき、終盤で、ある決断をする。

 ここで注目したいのは、コウキは誰かに言われて自分の生き方を決めたのではなく、コウキ自身が選択したという点だ。

 自分の意志で選び取ったことで、コウキはようやく「無理をしても走り続けなければ」という考え方から脱却できた。

 目標のために頑張り、成長するのは素晴らしいことである。

 ただ、「ちょっと疲れたかも」と思ったとき、本作を読んで、一度休憩してみてほしい。真面目な人ほど立ち止まることに罪悪感を抱きがちだが、立ち止まった時期が自分の人生の肥やしになることもあると実感できるはずだ。

文=若林理央

あわせて読みたい