すべては復讐のため――犯人は誰なのか? 真相をつきとめるべく契約結婚するも…壮大なスケールを予見させるコミック『龍皇の影姫』

マンガ

公開日:2022/1/28

龍皇の影姫
『龍皇の影姫』(大宙晃/白泉社)

 別れはいつだって突然、やってくる。けれど事故や天災で大切な人を失うのと、人為的に奪われるのとでは、話が違う。『龍皇の影姫』(大宙晃/白泉社)の主人公・琥珀(こはく)は、ある夜、大量の水に押し流されて家族と故郷の里を失った。

 原因は、水龍(すいりゅう)。渇いた大地に恵みの雨を降り注ぐ人ならざる存在を、操ることができるのは龍皇(りゅうおう)――大陸の5分の1の領土をおさめる天阿国の皇帝だけ。つまり琥珀たちは、心を尽くして仕えていたはずの相手に、裏切られてしまったのである。母のおかげで琥珀は助かったけれど、母が流されていくのを目の当たりにし、心は絶望の淵に沈んだ。ところが、ようやく人里に辿りついてみれば、里が流されたことを誰も知らず、以前の琥珀たちのようにみな、口をそろえて龍皇への感謝を述べる。いったいどういうことなのか――。探る琥珀が知ったのは、水龍を操れる次期龍皇が決まったという事実。その次期龍皇こそが犯人なのではと思い込んだ琥珀は、5年後、復讐のため女官として王宮にもぐりこむのだけれど、そこには下々の者にも分け隔てなく優しい、パーフェクトな皇子・水晶(みあき)の姿があった。

 一度、水龍を操ると体の自由をしばらく奪われてしまうという、弱点をもつ水晶。そんな彼は後継ぎにふさわしくないと狙うものも多く、そしてどうやら、彼自身も里が流された悲劇の原因を探っているらしいと知った琥珀は、真相究明のため彼と結婚することを決める。皇子なのに側近を持たないと決めている水晶にとって、華奢な見かけに反して剣術に長けた琥珀は、うってつけの相棒だったのだ。ただ強いだけでなく、華麗な剣舞さえ披露する琥珀の意外な素顔に、水晶はどんどん魅了されていく。そして冗談なのか本気なのか、距離を詰めて琥珀を愛でる水晶に、琥珀もまた心を動かされていく。利害一致の契約結婚のはずなのに、少しずつ互いを信頼し、惹かれ合う2人の姿は、実に初々しい。敵を前にすれば兵士顔負けの度胸と気迫をみせる彼女が、水晶にひとりの女の子として扱われるときだけは、等身大にうろたえるのも、かわいい。

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 それにしても、剣術に長けているのは水晶暗殺のために必死で練習したから、として。プロの踊り子に匹敵する剣舞を琥珀が身に着けているのはいったい、なぜなのか。空白の5年を彼女はいったい、いかにして生き延びてきたのか。秘密裏に里が消されてしまった謎と、タイトルにある「影姫」という言葉に関連して、まだまだ描かれていない事実があるような気がしてならない。調査のため、水晶と訪れた里の跡地で、琥珀がうっすら思い出した“お兄ちゃんのような少年”の存在も、思わせぶりでかなり気になる。真犯人はあの人なんじゃないの? と予想できるキャラもいるにはいるのだが、そう単純に事が運ぶことはないだろうという壮大なスケールを予見させる物語。戦う女の子と空想上の生き物が好きな読者にはうってつけの作品である。

文=立花もも

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