46歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断された夫とその妻を通して私たちが知れること

暮らし

公開日:2022/4/21

記憶とつなぐ 若年性認知症と向き合う私たちのこと
『記憶とつなぐ 若年性認知症と向き合う私たちのこと』(下坂厚、下坂佳子/双葉社)

 最近はテレビドラマや映画などで取り上げられることも増えてきた「若年性認知症」。高齢者に多いとされる認知症を65歳未満で発症する病気のことだが、働き盛りの世代を直撃するのが恐ろしく、病気のせいとはいえ「大事なものまで忘れてしまうかもしれない」ことが悲しくて、詳細を知らないまま不安なイメージだけが印象にある方もいるだろう。

 現在、日本には約3万7000人の若年性認知症患者がいるというが、当事者の「リアル」はなかなか私たちには見えてこない。このほど出版された『記憶とつなぐ 若年性認知症と向き合う私たちのこと』(下坂厚、下坂佳子/双葉社)は、そうした状況を前向きに変えてくれそうな一冊だ。著者は46歳で「若年性アルツハイマー型認知症」を発症した下坂厚さんと、彼を支える佳子さんご夫妻。「『認知症は怖い病気』『認知症になったら終わり』というイメージを、ぼくの生き方を通して、少しでも明るいほうへ変えていけたらうれしい」という思いのもと、本書には認知症当事者とその家族の現実が丁寧に綴られている。同じ病気に悩む方へのエールになるのはもちろん、多くの人の理解が進む貴重な一冊だ。

 長く鮮魚店で働いてきた厚さんが病を宣告されたのは2019年、独立して仲間たちと店舗を立ち上げたばかりのタイミングだった。自分の異変(商品の数を数え間違えたり、通勤の道を間違えたり…)に「おかしいな?」と思った厚さんは、近所のクリニックを受診し「軽度の認知症の疑い」と診断され、その後の精密検査で病気が確定する。実は大半の人は自分の異変を気のせいとうやむやにしてしまうため、厚さんのように認知症の自覚症状が出てすぐに検査を受けるケースは珍しいという。厚さんも最初は「たいしたことない」と早く思いたくて病院を受診したのだったが、まさかの結果になってしまったのだ(ただし認知症は放っておけば進行してしまう病気であり、その意味では早期に治療をスタートできたのは幸いだったと振り返る)。

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 いまでこそ「同じ病気を患う人のために、社会に足りないことを伝えたい」と若年性認知症の啓蒙活動でSNSや講演など活動的に情報発信している厚さんだが、最初から前向きだったわけではない。病が発覚した当初は突如降りかかった不幸に絶望し、引きこもりのようになってしまった時期もあったという。だが支援者に背中をおされてデイサービスでアルバイトするようになり、仕事に慣れる中で少しずつ変化が起きた。「認知症の自分にもできることがあるのでは?」と思えたことで、生きることに前向きになったというのだ。そこから啓蒙活動に至っていく彼の精神力の強さには敬服するほかないが、そのおかげで我々もこうして当事者の現実を知ることができる。それには感謝しかない。

「認知症であることが、その人のすべてではない」と厚さん。認知症当事者である前にひとりの人間であり、勝手な偏見を持つことなく、過剰に配慮するのでもなく、人対人として向き合ってほしいとのメッセージが心に響く。しんどい現実はもちろんあるが、それでも前向きな厚さんと、そうした厚さんを見守る佳子さんの姿が教えてくれることはとても多い。誰もが生きやすい社会をつくるためにも、ひとりでも多くの人に手にとってほしい一冊だ。

文=荒井理恵

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