89歳の角野栄子が憧れる“愛さずにはいられないおじさん”とは? 本との出会いや日々の読書量も語る【私の愛読書】

文芸・カルチャー

公開日:2024/5/12

東川篤哉さん
撮影/黒澤義教

さまざまなジャンルで活躍する著名人たちに、お気に入りの一冊をご紹介いただく連載「私の愛読書」。この度ご登場いただくのは児童文学作家の角野栄子さん。映画『カラフルな魔女』の公開、「魔法の文学館」(江戸川区角野栄子児童文学館)の開館といったニュースも続き、このほど「魔女」について書いたエッセイ『魔女のまなざし』(白泉社:『魔女のひきだし』を改題の上、書き下ろしを加筆)も新装版で出版されるとのこと。89歳になった現在も精力的に執筆を続ける角野さんの選ぶ「愛読書」とは?

人間のおもしろさを感じるオースター、人間らしいブコウスキー

――最初の一冊は『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(ポール・オースター:編、柴田元幸、他:訳/新潮文庫)ですね。

ナショナル・ストーリー・プロジェクト
ナショナル・ストーリー・プロジェクト』(ポール・オースター:編、柴田元幸、他:訳/新潮文庫)

角野栄子さん(以下、角野):この本はアメリカのごくごく素人の人がラジオ局に応募したエッセイを、オースターが選んで発表した本なんですけど、本当に面白いんです。「見知らぬ隣人」「戦争」「愛」「死」「夢」とか色々なことについて書かれていて、短いのも長いのもあるし、とにかくとらわれない自由な心が書いた作品なんです。

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 オースターは冒頭「短編を書いてくれっていう注文がいっぱいくるんだけど、もうそんなに書けない。そしたら奥さんが『アメリカ中の人に書いてもらったらどう?』って。そこから番組がはじまったら、すごく面白いものが集まった」みたいに書いているんですけど、とにかく一つ一つに書いている人の姿や生活が見えるようなのね。不思議なこともあってびっくりするし、とにかく面白いんです。

――どうやって出会ったんですか?

角野:オースターは好きなので、ときどき本屋さんに行っては見ていて。この本は1巻を買って面白かったから2巻も出たときに買いました。短いものだから、ちょっと読むのも面白いですし、なんかやめられなくなります。本当に「人間っておもしろいなー」って思います。

――そして次はブコウスキーの『死をポケットに入れて』(チャールズ・ブコウスキー:著、中川五郎:訳/河出書房新社)。ずいぶん毛色が違いますが…。

死をポケットに入れて
死をポケットに入れて』(チャールズ・ブコウスキー:著、中川五郎:訳/河出書房新社)

角野:私、おじさんが好きなのよ(笑)。だからブコウスキーって呼ばないで「おじさん」って呼んでいるんです。この本は彼が歳を取ってから書いた日記のような本なんだけれど、競馬に行って帰ってきてお酒を飲んで…っていうのがずーっと続いて、いつも1日がそれで終わっているのよね。だけど彼は絶対にコツコツ書いていたと思うし、実はすごく根は真面目なのもわかるの。

――ブコウスキーというと荒くれ者のイメージがあります。

角野:そう。この本でもビール飲んだり色々…なにしろ競馬場には毎日行っていますよ。でも私は「こういうおじさん好きだなー」って思っちゃう(笑)。すごく自由で、人に押し付けずに「自分で自由に生きてます」っていうのがいいんですよね。本の中に「私は死を左のポケットにいれて持ち歩いてる」ってあるけれど、なんで左なのかしらね。右だとすぐ取り出しちゃうからかしら?

――なるほど!

角野:「いやあ、ベイビーどうしてる?いつ私のもとにやってきてくれるのかな」って書いてあるわね。愛用していたタイプライターをMacに変えたことだったり、競馬の効能もいろいろと書いてあったりして、とにかく愛せずにはいられないんです。私もこうなれたらって思います。神経質で、こんなにおおらかになれないから憧れちゃうの。

リアルな子どもを描くリンドグレーン

――そして3冊目は「ロッタちゃんシリーズ」(アストリッド・リンドグレーン:著、山室静:訳/偕成社)。

ロッタちゃんのひっこし
ロッタちゃんのひっこし」(アストリッド・リンドグレーン:著、山室静:訳/偕成社)

角野:リンドグレーンは児童文学を愛している人なら誰でも知っている存在。『長くつ下のピッピ』はすごく有名ですけど、この本はあんまり読まれていないと思います。とにかくロッタちゃんという女の子の造形が良くて、すごく面白くて良いのよ!

――久しぶりに読んで、「あー、子どもってこうだなーっ」って思いました。

角野:「はじめっからぷりぷりして目をさまします。きにくわない夢をみたんです」って始まるんだけど、すごくいいでしょ? 本当にこういう子どもらしい子どもを日本の児童文学作家に書いてほしいと思うし、私も書きたい! 大人から見た「いい子」みたいな子どもじゃなくて、リアルな子どもの姿ね。ほんとに手に負えない、だけどかわいい。「こんな子いるよなー」っていう感じを、私も書きたいなって思うの。

――絵もかわいいですよね。

角野:最後までちゃんとリアルに描いていて、子どもに対してごまかしがない。すごくいい絵ですよね。靴下の長さが揃ってないとか、こういうリアリティは誰もが経験していることだし、すごく共感しちゃうんです。

――ロッタちゃんをはじめ、先生は「魔法の文学館」で面白い本との出会いを子どもたちに提供されていますが、大人が面白い本に出会う方法ってどんなだと思いますか?

角野:うーん、旅先の本屋さんで、時間があったら飛び込んで買うとかね。私の場合は、編集の方に電話するときに、「この頃、面白い本読んだ? 教えて」って聞いて、それを調べて買ったりします。だから本好きの友だちに聞いたりするのもいいんじゃないかしら。

――ちなみに1日、どのくらい読書されますか?

角野:夜、寝る前にベッドの中で。1時間でやめようっていつも思うんだけど終わらなくて、午前2時くらいになっちゃうときもあります。行儀よく読めばいいんだけど、ベッドの中だとついつい読んじゃって、バタンって頭の上に本が落ちてくるの(笑)。それでメガネをはずして寝るんです。

――なんと! お気持ちわかります…が、ちゃんと寝てくださいね。これからもご著書を楽しみにしています。今日はありがとうございました。

取材・文=荒井理恵

<第46回に続く>

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