「住みたい街」の正体をあばく! 『首都圏「街」格差』【連載】第5話「強烈な個性がいい具合に薄まって人気に!? 赤羽」

2017/4/27

 毎年注目される、不動産情報サイトや雑誌の特集で発表される「住みたい街ランキング」。そこに登場する「街」は本当に住み良いところなのか? 人気はずっと続くのか? これからランクアップする「穴場」はどこか? そんな「住みたい街」の正体をあばく文庫本『首都圏「街」格差』が好評発売中! いま首都圏で話題となっている様々な「街」をテーマ別に選定し、現地での観測調査と統計資料を使いながら実態をあぶり出していきます。

 

問題はかつてのイメージ

 赤羽は昔から「住みたい街」になれる実質的な条件がそろっていた。もともと京浜東北線と東北線の乗換えに使われる東京北部の交通の要衝である。昭和60年(1985)には埼京線が開通し、新宿や渋谷といった都内西部にも直通で行けるようになった。その後も、東京メトロ南北線の赤羽岩淵駅の開業や、湘南新宿ラインの開通で利便性がさらに向上した。

 昭和の風情があふれる商店街に加えて、駅前には大型量販店がたくさんあって便利。庶民的な街なだけに物価も安い。駅から少し歩けば広い公園もあり、子育て世代のファミリー層にも喜ばれる。残る問題はイメージだけ。「貧乏くさい」「場末」とされたかつての赤羽のイメージに、ためらう人は多かったはずだ。

 駅からほど近くにある赤羽台団地は昭和37年(1962)に完成した東京23区内初の大規模団地だが、さすがに築50年以上にもなるとかなり朽ち果てた感じがある。その荒涼とした風景も、赤羽のイメージを悪くしていた要因のひとつだろう。

 だが、最近になって大きな変化が起きている。古い団地群を抜けると突然、ガラスパネルをあしらったコンクリート打ちっ放しの建造物が現れる。平成18年(2006)から入居が始まった公団住宅の「ヌーヴェル赤羽台」。高級マンションと変わらぬ広い間取りと充実した最新設備がそろう。老朽化が進む赤羽台団地からの建て替えが進み、次々に新棟が完成しており、募集するたびに入居希望者が殺到して部屋はすぐに埋まってしまうという。

 赤羽に「住みたくない街」のイメージを与えていた要因のひとつは、消滅しつつある。

 

「昼飲み」も楽しいアトラクション

 明治期より赤羽には軍隊の施設が集中するようになり、昭和のはじめには駅西口の一帯は「軍都」の様相を呈していた。付近の軍需工場では大勢の労働者が働き、そして彼らの憩いの場として駅東口前に歓楽街ができあがった。

 戦後の高度経済成長期には、民間の中小の工場も増えてくる。工場は人員を交代させながら長時間稼働する。夜勤明けで朝から一杯飲む人々もいただろう。昼間から酒を飲ませる店が多いのは、そういった歴史的経緯にもよるのだろう。

 現在、赤羽駅前には「昼飲みOK」と書かれた看板を出している店もある。他の街で昼間から赤ら顔で酔っ払えば“ヤバイ人”だが、赤羽では「昼飲み」も一般人が参加できる楽しいアトラクション。街は〈ディープな「昭和」〉のテーマパークという感じだ。

 かつての赤羽にあった濃厚な「昭和」の雰囲気は薄められ、戸惑いや不快な思いをすることなく皆が楽しめるように、絶妙のバランス調整がされている。赤羽はいまが旬の時期を迎えているのかもしれない。

 街を訪れる人は、そこはかとなく香る「昭和の風情」に好印象を抱く。ズバ抜けた交通の便の良さや量販店の充実など、住宅街としてのポテンシャルの高さを知れば、住んでみたくもなる。

 しかし、赤羽駅から徒歩圏内になると、手軽な賃貸や中古の物件をそう簡単には見つけられないほど人気が高まっている。家賃相場は、近年「住みたい街ランキング」で急上昇している武蔵小杉よりも高くなっている。それだけ家賃が上昇してくれば、古いアパートを、高収入が期待できる新築マンションに建て替えようと考える家主も増えてくる。まともに稼いでいないと住む場所がなくなる。昼間から安酒を飲んでお気楽に過ごしていたければ、赤羽を去るしかなくなってしまうのかもしれない。

 赤羽はそのうち、「住みたい街ランキング」トップ10にランクインする可能性が十分にありそうだ。しかしその頃には、かすかに残る昭和の雰囲気は消滅しているかもしれない。便利なだけで他の街と何ら変わりない普通の街になっていそうな、そんな心配も少しある。