ビジネスマン必読! 伝説のバンカー自伝【連載】第8回『波乱の時代』がざっとわかる

ビジネス

2018/10/1

『経済学の名著50冊が1冊でざっと学べる』(蔭山克秀/KADOKAWA)

『国富論』(アダム・スミス)、『資本論』(マルクス)などの古典名著から、『クルーグマン教授の経済入門』(クルーグマン)、『21世紀の資本』(ピケティ)といった現代のベストセラーまで、ビジネスエリート必須の教養を、まるごとつかめる『経済学の名著50冊が1冊でざっと学べる』が好評発売中です。一度は読んでみたい名著の内容が、とてもわかりやすい解説で、すぐに頭に入ります!

異色のセントラルバンカー

 今回紹介するグリーンスパンは、1987〜2006年の18年半、アメリカの中央銀行制度であるFRB(連邦準備制度理事会)議長を務めた人物だ。本書は彼の回顧録である。

 ニューヨークでユダヤ系の母子家庭に育ち、数字と音楽が大好きだった彼は、高校卒業後は経済を学ぶために大学へ……ではなく、音楽家への道を目指していた。しかも進学先は、あの有名なジュリアード音楽院。彼はそこでピアノとクラリネットを学んだのち中退し、その後はジャズのビッグバンドに所属して、1年間全米各地を演奏旅行している。セントラルバンカー(中央銀行のトップ)としては、異色の経歴だ。

 その後、経営と金融を学ぶためコロンビア大学へ進学するも、経済的に苦しくなり中退。シンクタンクで経済金融の調査ノウハウを学んだ後、経済コンサルティング会社を設立。そこでの彼の的確な分析とわかりやすいアドバイスは評判を呼び、いつしか彼は「ひと講演数万ドル」を稼げる花形アナリストとなっていた。

 彼の名は政府にまで届き、フォード大統領時代には、大統領経済諮問委員会の議長(1974〜1977)を務めている。その後、財務省やFRB顧問などを歴任し、ついにレーガン政権下の1987年、FRB議長に就任したのだ。

「マエストロ」の功罪

 彼は就任早々、とてつもない試練に見舞われた。「ブラック・マンデー」だ。この史上最大の下げ幅を記録した株価、放置すれば世界恐慌以上の大惨事になる。

 ここをグリーンスパンは、見事に切り抜けたのだ。彼は素早く「意味のある流動性を供給( ≒必要なだけ資金を供給)する」と発表し、同時に大規模な金融緩和に踏み切った。

 迅速な対応、力強いメッセージ、的確な政策、すべてが完璧だった。彼は完全に市場の信頼を勝ち取り、翌日には株価は大きく上昇した。

 その後、彼はメキシコ通貨危機(1994)、アジア通貨危機(1997)、同時多発テロ(2001)などを次々と乗り切り、「マエストロ(名指揮者)」と呼ばれるようになった。

 しかし彼は、ITバブルの処理を誤ってバブルを弾けさせ(日本のバブルと似た「根拠なき熱狂」と警鐘を鳴らして金利を上げた)、その後は「バブル+同時多発テロ」後の不況対策ということで、金利を下げ続けた。そしてこれがアメリカの不動産バブルを誘発し、最終的にはリーマン・ショックで木っ端みじんに吹っ飛んだ。彼は今までの称賛から一転、非難されることになる。

 名指揮者から一気に「戦犯扱い」。長期政権はやはり流れを澱(よど)ませてしまうのだろうか。

〈プロフィール〉
蔭山克秀●早稲田大学政治経済学部経済学科卒。代々木ゼミナール公民科講師として、「現代社会」「政治・経済」「倫理」を指導。最新時事や重要用語を網羅したビジュアルな板書と、「政治」「経済」の複雑なメカニズムに関する本格的かつ易しい説明により、「先生の授業だけは別次元」という至高の評価を受けている。