HOMEMADE家族・KURO処女作『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』/第10話

エンタメ

2019/4/11

 ヒップホップグループ「HOME MADE 家族」のメンバー、KUROさんが「サミュエル・サトシ」の名で小説家デビュー! ダ・ヴィンチニュースでは、その処女作となる『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』を40回にわたり全文公開します!

 本作は、マイケル・ジャクソンになりきってパフォーマンスをするエンターテイナー(インパーソネーター)を題材に、KUROさんが取材を重ねて書き上げた渾身のフィクション。この小説のモデルになった人物は、マイケル・ジャクソン本人に「Excellent!」と言わしめた程のクオリティを誇っていた。だが、突き詰めれば突き詰めるほど次第に評価は“自分”にはなく、“マイケル”であるという動かしがたい事実が立ちはだかり、似せれば似せるほど、あくまでも「模倣品」とされ、その狭間で彼は苦しむことになる。マイケルに夢中になることで得た沢山の仲間と心を通わせ合いながらも、すれ違いや悲しい別れなど、主人公を取り巻く環境は激しく変化していく。自己とは? 芸術とは? 友情とは何なのか? そして2009年6月25日、絶対的な存在であったマイケルの死を迎え、インパーソネーターが最後に導き出した答えとは……

第10回

 荒廃したスラム街。たむろするギャングたち。深夜のストリートを黒いドレスに身を包んだ一人の美女がさっそうと歩いている。突然、暗闇から現れ、立ちはだかるマイケル。それには目もくれずに歩き去る美女、タチアナ。足蹴にされたことを挽回するように、「Hey!」と大声をあげて一喝するマイケル。するとびっくりした彼女が立ち止まり、後ろを振り返る。そのタチアナの表情が息を飲むほど美しい。

 どうなるのかと固唾をのんで見守るギャングたち。マイケルは指を鳴らしながらゆっくりと近づいていく。彼女の周りを半周してから最後のフィンガースナップに軽いディレイがかかったとき、マイケルは軽やかにムーブをしてからアカペラで高らかに歌い出す。そして「Fooo!」という伸びやかな咆哮がスラム街の静寂を破ったとき、『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』の硬質なビートが入って曲がスタートする。

 青のボタンダウンシャツの前をはだけさせ、下のボタンだけをとめて裾はズボンにイン。ベルトの代わりに白い紐で腰を結び、黒のパンツのサイドには白のライン。丈の短いパンツからは真っ白なソックスが覗いていて、マイケルのステップをより際立たせている。足元は黒のレザーのペニーローファー。マイケルはさながら1961年に一世風靡したミュージカル『ウエスト・サイド物語』のジョージ・チャキリスのようだ。

 深夜の西新宿は、途端にショートフィルムの世界に様変わりした。

「すごい一斗くん…振り付けだけじゃなくて、表情まで完璧だ」

 メイクの一人が思わず感嘆して言うと、「うん。子供のようなマイケルがギャングに混じって美女をナンパする、あのショートフィルムの設定はそもそも違和感があるんだけど…、若い一斗くんと年上のタチアナちゃんとの絡みは、その雰囲気さえも見事に再現してる!」ともう一人が興奮気味に言った。

 マイケルがタチアナを追いかけ求愛し、無視されて、また追いかける。ときには車の上に登って踊り、タチアナが運転席のドアを開け、そのまま助手席のドアから外に抜け出たら、マイケルも同じように車の中に入ってその道筋を辿って追いかける。子供をあしらうように立ち回るタチアナも次第に笑顔になり、二人は親密になり始める。

 人通りを確認しながら、ストリートと公園を交互に撮影するという作戦は功を奏し、撮影は滞りなく順調に進んだ。今回限りのプロジェクトとはいえ、夜通しともなるとスタッフやエキストラとの間に仲間意識も芽生え始め、みんな打ち解け合った。だが、そんな矢先に問題が起きた。

「なんで、俺がジジイ役なんだよ!!」

 怒鳴り声をあげていたのはフレディーだった。

「なんでって、あなたの顔がジョー・セネカにそっくりだからよ」

 タチアナは、さらりと言ってのける。

 ジョー・セネカとはベテランのアフリカ系の俳優のことだ。『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』では、一瞬だけ映るホームレス役として出演している。

「俺はクイーンのフレディーに顔が似てんの!! この日のために振りも全部覚えてきたのに、なんで俺がホームレス役なんだよ!」

 フレディーも負けずに食ってかかる。

 確かにショートフィルムでジョー・セネカがすることと言えば、ストリートに面した階段に腰掛けてマイケルに向かってクイっと親指を立てて睨むだけだ。せいぜい7〜8秒の出演である。これではせっかくの振り付けも意味がない。

「人にはそれぞれ適した役があるわ。あなたのその濃い顔はここでこそ生きる」
「お前が勝手に決めんな! そもそもお前のその最初から仕切っている感じが俺は嫌だったんだよ!」

 フレディーの怒りは一向に収まらない。タチアナは面倒臭そうに佇んで腕を組みながら聞く素振りをして受け流している。

「てめー、聞いてんのかよ! だいたいお前らの絡みばっかで何時間も待たせやがって、いざ出番になったらホームレスの役でって、冗談じゃねーぞ!!」

 フレディーはタチアナににじり寄り、もはや掴みかかる勢いだ。思わず他のエキストラも間に入ってなだめようとする。すごいのは彼女がそれでも一歩も引かずに冷静な目でフレディーを見据えているところだ。僕なら縮こまってしまう。

「あの…ホームレス役はカットしませんか?」

 勇気を出して僕が恐る恐る提案してみると、「しない!!」とタチアナに一喝された。僕はすぐに萎縮してしまい「はい…」と小さく言った。

「このプロジェクトは、限りなく忠実にマイケルのショートフィルムを再現することに意味があるの。カットなんてありえないわ! 忠実にするということは、それぞれの配役も一番適した人たちがやるべきなの。尊重すべきなのは作品であって、個人の主張じゃないわ!」

 タチアナの正論すぎる意見にさすがのフレディーも口ごもる。

「私以外にタチアナができる人がいるなら私はいつでも譲る。もしITTOくんよりもマイケルに似ている人がいるならいつでも降板してもらうわ。私は作品を良くしたいの。マイケルのあのクオリティに挑みたいの。みんな、もっと自分たちの意識を高く持って! それぞれの持ち味を作品の方に注いで!」

 平手打ちをくらったようだった。僕はタチアナの見ているところがようやく分かったような気がした。彼女は、もっと遠くにあるものを見ていたのだ。ただ作品を完成させるだけでなく、作品の完成度をあげるためにはどうすればいいのかを常に考えていたのだ。

 これがプロの現場を知る人間の考えなのか…。

 僕は自分の甘さを痛烈に恥じた。マイケルのショートフィルムが作れるというだけで舞い上がっていた自分が情けなかった。

 一つの作品を完成させるということは、これだけ他人に対しても自分に対しても非情にならなければいけないのだ。そのために今何をしなければいけないのか、彼女は冷静に判断して進めていたのだ。

 パチパチパチパチ。

 誰かが拍手した。みんなで一斉に音が鳴る方を見た。

「オラ、それでいいと思う」

 オパールさんだった。

 オラ? 自分のことを「オラ」と言う人なんてドラゴンボールの悟空以外に知らないぞ。そもそもこの人、これだけずっと一緒にいて今初めて喋ったぞ。

「それに、ホームレスも悪くない」
「は?」

 みんなの頭上にハテナマークが浮かぶ。この人は一体何を言っているのだ。

「オラ、今、ホームレスだし」

 何者なんだ、この人は。

 表情一つ変えず、淡々と話すので、ボケているのか本気なのか、みんなが適切なツッコミを言えずに固まっている。

 するとタチアナがパンパンと手を叩いて「さ、ITTOくん。ビルの明かりがすべて消える前に、この照明のなかで最後のダンスシーンとクライマックスを撮るわよ! 準備できてる?」と言って空気を切り替えた。

「あ、はい!!」

 誰もがオパールさんのことが気になったが、それよりもみんなタチアナに圧倒されてそれぞれの配置へと散って行った。フレディーもメイクさんたちに引きずられるようにして連れて行かれた。

「くそーーーー、こんなことなら西新宿の『ディスクロード』で海賊版のビデオでも掘ってれば良かったーー」

* * * * * * *

 公園の中央広場がクライマックスの舞台だ。

 マイケルの執拗なラブコールからタチアナは駆け足で逃げるも行き止まりに出て、立ち往生する。どうやら追いつめられたようだ。するとどこからともなくギャングたちが指を鳴らしながら一人また一人と集まってくる。マイケルを中心に5人のダンサーたちが青白い光の中でゆっくりと踊り出す。ここのシルエットがとてつもなく美しい。

 それに思わず見とれるタチアナ。ストリートなのに時折バレエのような振り付けが入るアンバランスさがたまらない。男性が表現するしなやかさは、ときにセクシーだ。そして踊りが終わると、こつ然と闇に消えていくマイケルとダンサーたち。同時に音楽も止まり、またもとの静寂へと戻る。

 タチアナは幻を見たかのように辺りを見回し、マイケルの姿を探し始める。だがどこを振り向いても目に映るものは怪しげなストリートギャングたちと荒廃したスラム街だ。公園の噴水が、実際では消火栓から高く溢れ出る水の代わりをしている。水音が永続的に鳴り響くなか、シルエット姿のタチアナが下手から現れると、ようやく上手からマイケルがゆっくりと現れる。そして…

「できないです!!!」

 このあとに女性を抱擁するなんて、抱擁したこともないのにできない。珍しく大声で僕がそう言うとタチアナは困ったような表情をした。

「恥ずかしいです!! それに、こんな大勢の前ではできないです!!」

 深夜とはいえ、まだ通行人もいる。エキストラやスタッフもみんなどこかニヤニヤしながら見ている。

「じゃ、どうしたらできるの?」

 タチアナは思いのほか優しくそう言うと、僕の手をギュッと握りしめた。早鐘を打っていた心臓がタチアナの手から伝わる優しさでなぜだかちょっとだけ落ち着く。

「みんなが…、みんなが見てないならできるかもしれません」

 僕が小さな声で応えると、タチアナはすぐに手を離し「OK! じゃ、カメラマンさん以外はみんな後ろ向いてて!!!」と大声で指示を出した。

 なんて人の心を掌握するのが上手いんだろう、この人は。そして「えー」とか「つまんなーい」とか落胆の声がエキストラから飛び交う中、全員が面倒臭そうにしぶしぶと後ろを向いた。

「じゃ、やろうか。安心して。私からあなたを抱き寄せるから」

 タチアナが僕の目をずっと見つめて近づいてきた。撮影のキューも出さずに演技が始まる。思わず緊張で額から汗が吹き出る。

 汗臭いと思われたらどうしよう。男のクセに一瞬だけ乙女チックな考えが過る。だがタチアナはもう僕の首にゆっくりと手を回している。至近距離で見ても奇麗な人だ。吸い込まれそうになる。香水の香りもする。ダンパのときに嗅いだ匂いと一緒だ。この香りがタチアナだ。僕の下唇に柔らかいものがあたる。

 タチアナの上唇だ。あれ?

 キスした?

第11回に続く

サミュエルVOICE
当時、西新宿の青梅街道と小滝橋通りの三角地帯に海賊版のCDやビデオを扱う店が無数に点在した。中でも突出していたのが『ディスクロード』だった。そこでマイケル・ジャクソンのお宝を探し求めた往年のファンは多いことだろう。もう一つの店『エアーズ』とも迷ったが、モデルとなった人とも相談して前者にした。