HOMEMADE家族・KURO処女作『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』/第18話

エンタメ

2019/4/19

 ヒップホップグループ「HOME MADE 家族」のメンバー、KUROさんが「サミュエル・サトシ」の名で小説家デビュー! ダ・ヴィンチニュースでは、その処女作となる『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』を40回にわたり全文公開します!

 本作は、マイケル・ジャクソンになりきってパフォーマンスをするエンターテイナー(インパーソネーター)を題材に、KUROさんが取材を重ねて書き上げた渾身のフィクション。この小説のモデルになった人物は、マイケル・ジャクソン本人に「Excellent!」と言わしめた程のクオリティを誇っていた。だが、突き詰めれば突き詰めるほど次第に評価は“自分”にはなく、“マイケル”であるという動かしがたい事実が立ちはだかり、似せれば似せるほど、あくまでも「模倣品」とされ、その狭間で彼は苦しむことになる。マイケルに夢中になることで得た沢山の仲間と心を通わせ合いながらも、すれ違いや悲しい別れなど、主人公を取り巻く環境は激しく変化していく。自己とは? 芸術とは? 友情とは何なのか? そして2009年6月25日、絶対的な存在であったマイケルの死を迎え、インパーソネーターが最後に導き出した答えとは……

第18回

 結局、いわれのない濡れ衣を着せられたフレディーが、参宮橋のパン屋で怒りにわなわな震えながら今までの通帳、領収書、レシートをみんなの前に広げて身の潔白を証明してみせた。

 それを見たオパちゃんは、何を思ったのか「以上!」とだけ言って謝りもせずにその場を立ち去ってしまった。

 ポカーンとなったのは、残された僕らである。

 一言「以上!」で済まされた僕らは、一体何が起きたのか分からなくなった。次の瞬間、机を激しく蹴り上げたのはフレディーだった。

 人間キレ過ぎるともう血の気が引いて襲いかかる気力もなくなるらしい。ただ一言「俺、やってらんねーわ!」と言って、その日から経理の面もコングくんが受け持つことになった。タチアナでも良かったのだが、今は仕事を持ってくる比率が圧倒的にコングくんの方が増えていたため、交渉の窓口は一つに絞った方が良いと僕が判断した。

「くそ。あいつ、地獄へ道づれにしてやろうか」
「フレディー。それじゃ、自分も行くって意味だよ…」

 その後は最悪だった。

 フレディーの横領嫌疑をきっかけに明らかにグループ内がぎくしゃくし始めていた。前よりも笑いが少なくなり、安田ビルの練習に集まる頻度が減ってきた。おまけにオパちゃんが新しく入ったユーコとジュディスに厳しく振り付けを指導するものだから二人から何度もコングくんに辞めたいという連絡がいった。

 その度にコングくんが相談に乗って辞めないように説得してくれたのだが、そこが僕じゃなくて、コングくんなのが自分でも情けなかった。そもそもオパちゃんの理想とコングくんの理想があまりにも違いすぎて、その間に挟まれてほとほと困っている。

* * * * * * * *

 週末のアミューズメントパーク。

 園内の誰もがみんな幸せそうだ。僕の心とは裏腹に、こういう日に限って空は突き抜けるほど晴れている。

「ね、ITTO! せっかく遊園地に来たんだから、もっと楽しい顔したら?」
「え? あ、うん」

 久しぶりにタチアナとデートしている。いつもメンバーと一緒だから二人だけで会うのはかなり久しぶりだ。ただ、今はそれどころじゃなくて、どうしても上の空になってしまう。

「次、あれ乗ろうよ!」

 タチアナが指したのは、ありえない角度でそびえ立つジェットコースターだった。見ただけで吐きそうだ。

「ええ、嫌だよ。一人で行ってきなよ。僕、ここで見てるから」
「それじゃ、二人で来た意味がないでしょ! ほら!」

 半ば強制的に乗せられ、グルグル回された。彼女は絶叫系にめっぽう強いが、僕はすぐに酔ってしまう。

「はい、じゃ、次アレね!」

 見上げると、最近出来たばかりの『スピード・デーモン』と呼ばれるメガトン急の早さで走行するアトラクションだった。園内最大の目玉でもある。

「えええ! もう嫌だって!!!」
「なんでよ!! これが一番の目当てだったんだから!」

 タチアナが思いのほか僕の腕を強く引っ張った。なんだかそれが妙にカチンときて、思わず強く振りほどいた。

「痛いって! 放せよ!!」

 珍しく声を荒げてしまった。タチアナがちょっとビックリした表情で僕を見る。

「もういい加減、なんでも自分の思い通りにしようとするなよ!! 僕は僕のペースで決めたいときもあるんだからさ!」

 前を通り過ぎる家族連れやカップルの視線が突き刺さる。

「ITTO。なんか、変わったね…」
「え?」
「前は私がそうやって腕を組んでも、そんな風には言わなかったのに」

 その一言が、先日オパちゃんに言われた言葉とかぶった。僕がずっと気にしていた言葉だ。

 “…このままでいいのか? いっくん”

 腹立つ。

 何が「このままでいいのか、いっくん」だ。何が「変わったね」だ。みんなして。

 いったい何が気に食わないんだ。色々変わるのは当たり前じゃないか。MJ-Soulはうまくいっているし、どんどん評価されて色んなところに呼ばれている。うまくいった方がみんなハッピーなのは事実だし、マイケルに対して僕が手を抜いた覚えは一切ない。むしろ表現も演出もダンスも日々進化している。僕が頑張っているから、みんなにも仕事が来るんじゃないか。

 オパちゃんは勝手すぎる。

 理想をかかげるのはいいけど、自分の正解がなんでも正解だと思うな。いつも自分の殻に閉じこもって他人に気を遣わせて、人を疑って悪い雰囲気にして「以上!」で知らん顔って何様だ。

 おまけにタチアナはいつまでも僕を子供扱いして、なんでも知った顔でコントロールしようとする。衣装からメイクから遊びに行く場所まで。

 遊園地に来てまで振り回されるなんてもうまっぴらだ。

「リーヴ・ミー・アローン!」
「え…」
「ほっといてくれって言ってんだよ!」
「ちょっと、ITTO!!」

 僕はタチアナを置いて遊園地を後にした。ムシャクシャする。思えば付き合ってから彼女に対してこんなにも声を荒げたのは初めてだった。

 そのとき携帯が鳴った。この間イベントで知り合った番組のプロデューサーからだった。

「マイケルくーん!! おつーー。今夜、ギロッポンでパーティーがあるんだけどさ! 女の子たちがみんなマイケルのダンスが見たいんだってー。良かったら遊びにおいでよ!」

 普段の僕ならそういった酒席は遠慮していた。ただの見世物になるからだ。でも、なんとなくその日は勢いで「行きます」と言ってしまった。そしてそれが、終わりの始まりだった。

* * * * * * *

「コングくん!! 今、入ってきたらダメ!!!」

 フレディーが頬をおさえながらリハスタに入ってきたコングくんに叫んだ。

「何!? どうしたの?」
「タチアナと一斗が大喧嘩してる! 俺、止めに入ろうとしたら…」

 壊れた携帯と叩きつけたマイクが床に転がっている。二つ折りの携帯が本当の意味で折れている。今日は次回の『NEVERLAND』の最終リハーサルだった。

「何? どうしたよ!」

 コングくんがそう言うと、タチアナはそっちを見ずに僕を睨みながら「コンくん、悪いけど次回のネバランはITTO出させないから」と言った。

「え? ちょっ、ちょっと待ってよ。よく分かんないんだけど、もう宣伝もしちゃっているし、会場もおさえてるし…」
「MJ-Soulは解散って言っているのよ!」
「はぁ!?」

 ユーコとジュディスは、隅っこの方でビクビク怯えている。

「解散って、それってどういう意味よ?」コングくんはまだ事態を飲み込めずにいる。
「ITTOはもうマイケルでもなんでもないわ。汚れてる。この間、六本木で朝まで飲んで女の子をお持ち帰りしたんだって」

 みんなが一斉に僕の方を見る。さすがにオパちゃんも開脚を止めてこちらを見ている。

「何かあったなんて分からないじゃないか! 僕は朝まで飲んでただけだ!」
「ウソよ! さっきメール見たんだから! 何が“マイケルは指使いまでムーンウォークね”よ!!」
「ま、あのさ、よく分からないんだけどさ…。朝まで飲んで帰ることぐらい男ならたまにあるっ」

「しょ」とコングくんが言おうとしたら、タチアナの裏拳が彼のところに飛んできて間一髪のとこで避けた。さすが普段からジャッキー・チェンを好きなだけある。フレディーにはクリーンヒットした。

「ちょっ、ちょっ、タチアナちゃん、ちょっと落ち着いて!!」

 コングくんが慌ててそう言うと、タチアナがおもむろに衣装で使う布切りばさみを取り出した。

「私が何で『ザ・ウェイ・ユー・メイク・ミー・フィール』のショートフィルムのときにITTOにキスしたと思う? それはね、あなたの目が水晶玉のように澄んでいて奇麗だったからよ!!!」
「な…」
「お、おい! タチアナちゃ…」
「キャーーーーーーーーーーー!!!!」

 女の子たちの悲鳴がこだまするなか、タチアナがいきなり僕の後ろ髪を掴んでザクッと切った。それは僕がマイケルに少しでも近づくために、何年もかけて伸ばしてきた大切な髪だった。

「私がもう一度あなたの心を、一からマイケルにしてあげる」

 そう言いながら、タチアナは切った髪の毛をパラパラと床に落とした。全員がその光景を見て口を開けたまま固まった。

 本当に恐ろしい瞬間とは声も出ないものだ。落ちていく髪の毛の一本一本が、まるでスローモーションのように映った。

「これが、本当のスリラーか…」

 コングくんが絞り出すようにそう言った。

 最悪だった。何もかも。

 メンバーを疑うオパちゃんも、ぎくしゃくしたこの雰囲気も、すぐに辞めたいという女子たちも、リーダーの僕じゃなくてコングくんに頼っているみんなも。そして自業自得とはいえ、タチアナの管理下で甘えている僕も、髪の毛も。

 もう全部終わらせたいと思った。

第19回に続く

サミュエルVOICE
『スピード・デーモン』とはマイケルの曲であり、一斗がなぜか英語で叫ぶ「リーヴ・ミー・アローン!」も同様。後者はMVで遊園地が使われており、そことも背景がリンクしている。またその楽曲は、実際にマイケルが世間のゴシップから構われるのが嫌で作られた作品で、その感情が一斗とも呼応している。

この記事で紹介した書籍ほか