HOMEMADE家族・KURO処女作『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』/第27話

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公開日:2019/4/28

 ヒップホップグループ「HOME MADE 家族」のメンバー、KUROさんが「サミュエル・サトシ」の名で小説家デビュー! ダ・ヴィンチニュースでは、その処女作となる『マン・イン・ザ・ミラー 「僕」はマイケル・ジャクソンに殺された』を40回にわたり全文公開します!

 本作は、マイケル・ジャクソンになりきってパフォーマンスをするエンターテイナー(インパーソネーター)を題材に、KUROさんが取材を重ねて書き上げた渾身のフィクション。この小説のモデルになった人物は、マイケル・ジャクソン本人に「Excellent!」と言わしめた程のクオリティを誇っていた。だが、突き詰めれば突き詰めるほど次第に評価は“自分”にはなく、“マイケル”であるという動かしがたい事実が立ちはだかり、似せれば似せるほど、あくまでも「模倣品」とされ、その狭間で彼は苦しむことになる。マイケルに夢中になることで得た沢山の仲間と心を通わせ合いながらも、すれ違いや悲しい別れなど、主人公を取り巻く環境は激しく変化していく。自己とは? 芸術とは? 友情とは何なのか? そして2009年6月25日、絶対的な存在であったマイケルの死を迎え、インパーソネーターが最後に導き出した答えとは……

第27回

「コンセプトはこうだ」

 深夜のファミレス。コングくんがiPadの画面をスクロールしながらメンバーに説明を始めた。そこにはSHIBUYA-AXのステージ見取り図や様々な情報を収集して分かった、マイケルが着る予定だった幻の衣装、『THIS IS IT』のセットリストなどが書かれている。二人で昼夜を分かたずネットや映像を観て事前に調べ抜いたのだ。

「マイケルは死んでいなかった。ロンドンのO2アリーナで『THIS IS IT』公演を無事に終えた彼は、次はワールドツアーに出ることを発表した。その最初の地は、なんと、ここ日本だった。場所は東京ドーム。ま、今回はSHIBUYA-AXだけどね。その記念すべき初日の公演を俺たちMJ-Soulが再現するという設定だ」

「いや、今回は再現じゃない。マイケルの夢を実現するんだ」

 僕が訂正すると、コングくんがニヤッと笑った。

「マイケルが亡くなってわずか11ヶ月後に私たちがこれやるって凄いね」

 ユーコが何杯目かのメロンソーダに口をつけてそう言うとジュディスが「Unbelievable」と言った。

「さあ、歴史に残る瞬間へようこそ。これは世界初の、ファンによる、ファンのみの力で作り上げるマイケル・ジャクソンのライブだ。きっと参加できた人にとっては、人生の歴史的な一ページになる。ただ、リスクはある」

 コングくんは、あえて間をあけてから続けた。

「会場のSHIBUYA-AXはバカでかい。ワンマンでやる箱としては、MJ-Soul過去最大の大きさだ。クオリティの面だけじゃなく、現実的に今よりもっとダンサーの数は必要だし、照明、衣装、映像班などのスタッフも必要だ。そうなると当然のことながら金銭的な問題も出てくる。今までと同じように取り組んだら確実に失敗する。さあ、どうする? やめるなら今だぞ」

「お客さん来るのかな…」

 ユーコが自信なさげに言うと、コングくんは「分からない。でも、やるなら今しかない」と言った。

 だが誰もが分かっていた。これはMJ-Soulの使命だということを。

 昔からずっと応援していた人たちも、今さらながらマイケルの大きさに気づいた人たちも、そしてこれから初めてマイケルを好きになろうとしていた人たちも、世界中のファンが喪失感で悲しんでいた。それをほんのひとときでも埋められるのなら背負うしかない。

「やってみよう」

 僕がそう言うと、みんな無言で頷いた。

* * * * * * *

 渋谷のハチ公口を出て、スクランブル交差点を抜け、パルコを通り過ぎ、坂を上り終えて信号を渡ると壁に『AX』と記載された紺と白の建物がある。幾多のミュージシャンたちの汗と涙と魂が染み付いた聖地、SHIBUYA-AXだ。

「でかいな…」

 下見に来た会場は人がいないせいか、余計に広く感じさせた。

「はい。オールスタンディングでしたら、2000人弱は入ると思います」

 係員はそう言うと、僕らを二階席へと案内した。

「二階は座席になっておりまして、全部で197名が座れるようになっております。一階に入れなかった人は、後ろで立ち見も可能です」

 二階からステージを見下ろす。両脇に吊り下げられた大きなスピーカーが、ガンダムの胸のように見える。確かに会場は広いが、ここならマイケルと近い景色が想像しやすくてやりやすいかもしれない。

「ところで、MJ-Soulさんは一般企業になるんでしょうか? それとも社団法人ですか?」
「えっ?」

 唐突な質問に動揺して、僕は思わずコングくんを見た。

「こちらの会場は法人様にしかお貸しすることができませんが大丈夫ですか?」

 初耳だった。勢い勇んで会場の下見まで来たが、まさかそんな条件があったとは。これでは借りることすらできない。

「あ、いえ、あの僕らは、ただの…」
「一般社団法人になります。またご説明に伺います。ありがとうございました。イーくん行こう」
「ちょっ…、コンくん」
「いいんだ、来い」

 そう言って僕の腕をぐいっと引っ張ると会場の外に連れ出した。

「どうするの? これじゃ、コンサート以前の問題だよ。やっぱり素人集団じゃハードルが高い会場なんだ」

 僕がそう言うと、コングくんは虚空を睨んでから「よし。吉祥寺のサンタバーバラ・カフェのマスターにお願いしよう」と言った。

「へ?」
「今からMJ-Soulが許認可を得るのでは間に合わない。だったらすでにある会社からお願いすればいい」
「なるほど…」

 こういうときのコングくんの機転の早さは頼りになる。僕はもうSHIBUYA-AXを半分諦めていた。

「俺、これからさっそく行って頭を下げてくる」
「でも、それって…」
「うん。名義が向こうになるから、正直OKしてくれるかどうか分からない。だけど、ずっと『NEVERLAND』をやってきた仲だし、額を地面にこすりつけてもお願いしてみる」

 コングくんはそう言い残して、大慌てで吉祥寺に向かった。

 そのとき、僕の携帯が鳴った。見たことのない番号だった。

「はい、尾藤です」
「一斗くんですか。僕ですぅ。覚えてます?」

 強い関西弁のアクセントだった。

「もしかして、デンジャラス・じゅんさん?」
「そうです! ああ、嬉しいわ〜。覚えててくれてたんやね」

 同時に苦い思い出も蘇ってきた。

「あれ、番号交換しましたっけ?」
「知り合いのインパーソネーターの子から教えてもろうたんですわ」
「はあ、そうなんですか」
「聞いたで。なんか今度、マイケルの『THIS IS IT』を再現するんやって?」

 再現ではない、実現だ。心で訂正しつつも素直に「はい」と答えた。

「やめときや」
「え?」
「やめときや、言うてんねん。おこがましいで、自分。何様やねん」

 デンジャラス・じゅんの口調が変わった。

「マイケルが亡くなってみんな悲しんでるときに、マイケルの代わりを務めようなんて。あの『THIS IS IT』は未完で終わったからこそ、それぞれの想いのなかで永遠に生きんねや。それをそっとしといたらええものを、傷口にまた塩を塗るようなマネしくさって。ファンの気持ちを踏みにじんなや!」

 何も言い返せなかった。

「マイケルのやってないことして、それでもインパーソネーターか? それとも便乗商法で金儲けしたいんか?」
「そ、そういうわけじゃないです!!」
「インパーソネーターごときが、自分の分をわきまえないかんで。本人がやってへんことしてどないすんねん! うちらにとってはマイケルが唯一の正解やねん。それを越えて自分の正解を勝手に押しつけんなや!」
「そんな正解だなんて、僕はただファンのみんなとマイケルの想いを形にしたかっただけで」
「どうせSHIBUYA-AXでもマイケルの音源を勝手に使って口パクでやんねやろ。自分、それで興行するって意味わかってんねやろうな?」
「え…」
「訴えられるで、一斗くん」

 そう言うとデンジャラス・じゅんは、一方的に電話を切った。

 悔しかった。それは腹が立ったというよりも彼の言うことに一理あると思ったからだ。

 僕はインパーソネーターとして間違っているのだろうか。

 確かにマイケルを忠実に模写することが僕らの役目で、実際になかったことを作り出すというのは、誰かにとってのマイケルを汚すことになるのかもしれない。

 そう言えば以前、追悼イベントをしたとき、ファンの人からこう言われたことを思い出した。

「今は尾藤さんのステージを見るのが辛い。マイケルは絶対無二で、オンリーワンの存在だから、そのマイケルに尾藤さんが似せれば似せるほど、悲しくて見ていて辛くなります」と。

 僕がこれからすることは、もしかしたら誰かを傷つけることにもなるのだろうか。これはインパーソネーターとして、出過ぎた真似なのだろうか。

 ファンのためにやろうとしていたことが、実はとんだ勘違いだったのかもしれない。彼らはマイケルを求めているのだ。僕じゃない。彼らに何かしてあげたいと思う気持ちは、思い上がりだったのかもしれない…。

 今さらながら僕は『THIS IS IT』公演をするべきなのか悩んでいた。

第28回に続く

サミュエルVOICE
ミュージシャンの聖地だったSHIBUYA-AXは2014年5月を以て営業を終了した。ただ、もともと国立代々木競技場の駐車場の上に仮設施設としてオープンしただけであり、仮設の状態で10年以上も営業することが事業仕分けで問題視され、本来の形に戻されたということである。