真面目で重厚……なわけがなかった! 抱腹絶倒の政治エンターテインメント正統続編『民王 シベリアの陰謀』池井戸潤 文庫巻末解説【解説:飯田サヤカ】

文芸・カルチャー

公開日:2024/5/24

ああ! そうだった……!! これが『民王』だったわ!
『民王 シベリアの陰謀』池井戸潤

角川文庫の巻末に収録されている「解説」を特別公開!
本選びにお役立てください。

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『民王 シベリアの陰謀』文庫巻末解説

解説
いいサヤカ(テレビ朝日ドラマプロデューサー)

 ああ! そうだった……!! これが『民王』だったわ!

 それが『民王 シベリアの陰謀』の単行本を吸い込まれるようにして一気に読了した時、脳内に浮かんだ一言だった。
 誰もが認める国民的大ヒット作家であり、最近では映画「シャイロックの子供たち」において原作者でありながら脚本も書かれていたことが明かされ世間の驚きをさらい、さらにはその脚本が「日本アカデミー賞優秀脚本賞」まで受賞されるトンデモな快挙まで果たされている、当代きってのスーパークリエイターであるいけじゆん先生。
 その池井戸先生が書かれた政治小説『民王』の正統続編である『民王 シベリアの陰謀』というこのタイトル。
 そのタイトルからにおうものは、文豪が描く「政治」の世界であり、きっと「シベリア」さらに「陰謀」とあるからには国際的な陰謀のサスペンス……。映画であれば低音ボイスで渋いナレーションの予告編が流れ、王道、大写しになる俳優陣の顔は号泣のスローモーションで……。キャッチコピーも壮大で「その結末に世界は涙する」とか……。

 申し遅れましたが私は、テレビ朝日でドラマ制作を担当する飯田と申す者です。池井戸先生には2015年7月クール「民王」シリーズ、2023年7月クール「ハヤブサ消防団」のドラマ化の際お世話になっており、そのご縁で今回、大変せんえつながら『民王』続編である本作品の解説を書かせていただくという場をちようだいしました。
2015年に放送したドラマ「民王」は原作小説の面白さに加え、えんどうけんいちさん、ブレイク寸前のまささんやたかはしいつせいさんら俳優陣、脚本家、監督らの奮闘など様々な化学反応のおかげで、東京ドラマアウォード連続ドラマ部門優秀賞、ギャラクシー賞など当時、数多くの賞を受賞。(当時の関係者の皆様、その節はご尽力有難うございました!)その後、放送から9年の月日が流れ、いつの間にか記憶の中で、厚かましくも「民王」は王道の名作の顔をするようになってしまったのです。
 『民王』とは、もっと品が良く、もっとおさまりが良く、だって当代トップ文豪の池井戸先生が書かれた(わけだから当然)なんというか真剣でヒューマンでハイクラスな政治小説……といった、要はちょっと「真面目で重厚な」シリーズだと記憶が修正されてしまった。
 つまり私は、いつの間にか、重大な事実誤認をしていたことに気が付いた。

 違う違う! 『民王』って、全然そんなじゃないんだった!!

 今回の『シベリアの陰謀』は前作の「総理大臣バカと入れ替わりテロ事件」から1年後の物語。平穏に過ごしていたはずのとうたいざん率いる武藤内閣を、新たな「厄災」が襲う、という物語。
 その「厄災」とは……これが、もう既にぶっ飛んでいる。
 それは……「未知のウイルス」だ。
 2024年に生きる私達にはとてもみみみある言葉だ。今は新型コロナウイルスに振り回されまくったあの2020年~23年の期間を振り返る心の余裕がようやく、出てきた時代。もちろんまだ後遺症などに悩まされている方もいて、しゆうえんしたとはいえない。「未知のウイルス」そう聞くとあの怖いコロナ、大変だったコロナの暗い時代を想起し誰もがキュッとけんを寄せ、つい神妙な表情になってしまう。
 しかし、『民王 シベリアの陰謀』に出てくる「未知のウイルス」とは、そんな神妙な顔をさせるスキが全くないのだ。何しろこのウイルスとは、(14ページより)「太い腕がいつせんしたかと思うと、取り囲んでいた者どもが木っ端のごとく吹き飛ばされ」「ゆっくりと立ち上がったこう西さいの目に、何か得体の知れない光が宿って」いて、(44~45ページより)「口からよだれを垂らし」「低い獣の唸り声を上げて迫ってくる様は、もはや魔界」。
 つまり……目は怪しく赤く光り、周囲のものを攻撃する「モンスター狼男化」してしまうウイルスなのだ!え? 冗談でしょうか?
 それもスピーチ中の女性政治家がかんしたことがきっかけなので「マドンナ・ウイルス」と名付けられるふざけっぷり。
 物語は泰山の息子・しようと秘書・かいばらのペアでウイルスの正体を探るディテクティブ軸が走りつつ、世の中がウイルス騒動で、疑心暗鬼になっていく様子、武藤内閣が右往左往しつつ感染対策・ドタバタの政策を奮闘する様子が描かれる。
 本作『民王 シベリアの陰謀』では、前作『民王』で活躍していた登場人物たちがほぼ健在なのがうれしい。個人的には前作で泰山をくさすチンピラ政治評論家に過ぎなかったなか寿じゆろうの出世に驚いた。まさか都知事になってしまっていたとは。今回小中は都知事としてウイルスヘの珍・感染対策、政策を次々打ち出すのだが、その政策があまりにもくだらなくて電車の中で笑い声を我慢するのが大変だった。小中の酔狂さは度を越している。この小中を「デブになったしまみたいですね」とする貝原の台詞せりふ、そして完全にそれがスルーされるあたりもお気に入りだ。
 もちろんクールで毒舌の秘書・貝原も、官房長官であり泰山の盟友であるカリヤンも、泰山のボス・派閥のりようしゆうであるしろやまのキャラも健在だ。
 物語のキーになっている「マドンナ・ウイルス」も名付けたのはカリヤンだが、その命名理由は「先ほどの会見でかり官房長官がテキトーにつけた名前」で、テキトーなのである。このなんとも脱力した可愛らしさが全キャラに漂っている。
 泰山のボスであり派閥の領袖である城山の、「国民にはまだバレていないが半分ボケて、冗談なのか本気なのかわからない」(20ページ)描写や、泰山と官邸執務室で壮絶なにらめっこをしたあと、渋々引いた後に泰山がつぶやく「相変わらずオヤジの腹芸には苦労させられる」という流れにも爆笑した。こういう老人はどこの世界にもいそうだ。「オヤジの腹芸には苦労させられる」という台詞には「わかるわかる!」とうなずく人は多いのではないだろうか。
 これらの表現が、縁がなく知り合いもいない、固そうで敷居の高そうな政治の世界の人々を途端にューモアあふれる愛すべきダメ人間たちに見せてくれるから不思議だ。
 城山は国家的危機なのに、銀座のクラブ通いのことしか考えていない、真面目に考えるとヒドイ政治家・領袖なのだが、でも『民王』の世界観の中ではおもしろいオッサンやな、と親近感をもってしまう。
 つまり、『シベリアの陰謀』はウイルスを発端にした毒舌・ユーモアあふれる騒動がこれでもかと連発していき、キャラ達の可愛らしさと活躍に笑わされ、あっという間に読み終わってしまうような、ちょっとふざけ方が度を越しているギャグ200%のコメディなわけです。
 間違っても冒頭で書いたような、低音ボイスのナレーションが入る王道で真面目な政治もの、なんかではありません。

 しかし、ここまで語らせていただきながら、この作品の本当にすごい所はそこではないのです。
ここから先は是非、この『民王 シベリアの陰謀』の読書体験で味わっていただきたいのですが、実は池井戸先生は、コロナ以降今の日本にまんえんしているある事象を、フィクションの形をとって痛烈に皮肉っていて、またそこに対してラストにはある解決策を示しているのです。
 前作のドラマ化を担当させていただいたときから感じていたのですが、この「民王」シリーズの凄さは、チャーミングな人物が多数登場する爆笑連発、ギャグ度200%のコメディ、という顔をしておきながら、実は今の日本社会への痛烈な指摘・問題提起を忍ばせています。政権批判の要素も評論の要素も感じず、楽しく笑っているうちに気が付けば痛烈に刺さるメッセージを受け取ってしまう。そんなシステムなのです。池井戸先生の仕掛けている高度なイタズラに、舌を巻いてしまいます。

 『民王』はそういう意味で本当に手ごわい作品だ。
 同時に「そうこなくては!」と読了した時にかつさいした。

作品紹介・あらすじ

民王 シベリアの陰謀
著 者:池井戸潤
発売日:2024年05月24日

待望の続編!
「新種のウイルスだそうです」
第二次内閣を発足させた総理大臣・武藤泰山のもとに驚愕の報が飛び込んだ。人を凶暴化させる謎のウイルスに、内閣最大の売りであるマドンナこと高西麗子環境大臣が感染したというのだ。しかも感染源はシベリアからとの情報が。急速な感染拡大、陰謀論者の台頭で大混乱に陥った日本を救うべく、泰山はバカ息子の翔、秘書の貝原とともに見えない敵に立ち向かう! 抱腹絶倒の政治エンターテインメント、待望の続編。

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