第九回 ライフ・オブ・平安!(王朝女性の身体)【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典 】

文芸・カルチャー

公開日:2024/5/26

第九回 ライフ・オブ・平安!(王朝女性の身体)【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典 】

 今日は、今までと少し違うことをお話しいたしますね。それは王朝女性の身体についてです。女性は女性特有の身体の問題を抱えてますよね。生理や出産、そして更年期……。それらは女性の人生に深い影をおとしています。
 ただ、今までは、なかなか王朝女性の身体について、注釈段階でも採り上げられることはなかったのです。タブーの意識もあり、かつまた男性の研究者が多かったせいなのでしょう。
 そんなわけで、ここでは、女性のライフスタイルの屈折点となる生理と出産について、少し見ていきましょうか。
 まずは生理から。生理は長い間、けがれとされ、さまざまなタブーがありました。現在でも寺社に行くことは禁じられている地域もあるようです。それはさておき、王朝の生理はどんな作品に現れているのでしょうか。ちらっとそれをお話ししましょうね。
 和歌だと和泉式部(『風雅和歌集ふうがわかしゅう』二一〇九の左注、『和泉式部集』二五八)。これはね。熊野に行ったときに「さはり」になったので熊野もうでができなくなった時の歌。あとはいろいろあるけど、やはり石山詣でに行けない言い訳(嘘の言い訳)が『落窪物語』や『源氏物語』の「浮舟」などに出てきます。
 生理は、寺社に行く時のタブーだったのです。
 そして、最も生理が多く出てくる作品は『蜻蛉日記』です。日記文学は実生活が投影されますから、『蜻蛉日記』の生理描写には独特の意味合いがあるんですね(中巻の鳴滝籠りには「月経小屋」と思われる描写もあります)。
 特に子供の多い少ないが妻の立場を決定していた当時、はかない期待感やまた絶望感が『蜻蛉日記』の生理には書かれているのです。詳しくは角川ソフィア文庫の『はじめての王朝文化辞典』をごらん下さいね。
 それでは、少し具体的なお話に移りますね。そう、経血処理けいけつしょりですね。ちょっとお話が生々しくなるけど、お許し下さいね。
 今のようにナプキン(ナプキンの歴史については角川ソフィア文庫の『生理用品の社会史』(田中ひかる)が詳しいです)がない時に、彼女たちはいったいどうしていたのでしょう。
 具体的な遺品はないけれど、経血処理用品は「ケガレヌノ」と呼ばれ、布が使われていたようです。また絹も使用されていました。そして、当時の婦人病の治療として、さかんにタンポンが使われており(『医心方』)、生理の時にも使用されていたと想像されます。道綱母の場合は「絹」説が強いようです。
 それはさておき、『蜻蛉日記』の生理描写は「産める性」にすがりつく様子が描かれています。自分一人の力ではどうにもならない出産に希望を託す様子が、書き続けられるのです。
 ただし、注釈段階でも生理のことはほとんど説明がありませんでした(なお、角川ソフィア文庫の『新版 蜻蛉日記 現代語訳付き』Ⅰでは生理の注釈がつけてあります)。
 さて、それでは次にこの生理と深い関係がある出産を見ていきましょう。これもまた説明されてきませんでした。どんなことが書かれていないか。それはね、当時の出産が「命がけ」であったことなんです。言うまでもなく、現在も一〇〇%安心ではありませんよね。
 平安時代は今のように医学が発達していなかったので、五人に一人の母体が亡くなっており、「母子ともに健康は五〇%切るのでは」と言われています。
 そういった事実が注釈に反映されない例としては、次の有名な箇所が挙げられるでしょう。

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○お昼に、まるで空が明るくなって朝日が出たような気分になります。安産だったし、それがすごくうれしいのです、そのうえ、皇子様が産まれた喜びといったら……。とてもうれしくて、ふつうのうれしさ、なんていうものではありません。
むまときに、空晴れて、朝日さし出でたる心地す。たひらかにおはしますうれしさの、たぐひもなきに、をとこにさへおはしましけるよろこび、いかがはなのめならむ。(『紫式部日記』)

 ここの所の「安産だったし」というのは大変なことですよね。でも「たひらかにおはしますうれしさの、たぐひもなきに」の所には注釈がつきません。せいぜい「母子ともに」といった所で終わってます。当時の出産が大変だったことは書いてありません。
 そして男子誕生(敦成あつひら誕生)の方に数多くの注釈がつくのですね。おわかりだと思いますが、この敦成誕生が道長の政治を支えていくからです。
 でも、その前段階で「当時の出産そのものが大変であること」を言わないで良いのでしょうか。
 たとえば、後産で亡くなった定子は「出産で亡くなる」という注釈のみですね。当時は後産で亡くなることが多かったのです。正確にいうと胎盤娩出遅延になるでしょうか。定子の他には道綱の妻である倫子の妹なども後産で亡くなってます。
 平安時代の出産は命がけだったのです。だからドラマで伊周これちかが定子に向かって「皇子を産め!」などと怒鳴るのは、マタハラを通り越して、脅迫に近いことですよね。
 ともかくも、出産や生理に関しての意識、注釈段階の意識がもっと高くなって欲しいと思うのです。これは無理なことなのでしょうか。

プロフィール

川村かわむら裕子ゆうこ
1956年東京都生まれ。新潟産業大学名誉教授。活水女子大学、新潟産業大学、武蔵野大学を経て現職。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期課程修了。博士(文学)。著書に『はじめての王朝文化辞典』(早川圭子絵、角川ソフィア文庫)、『装いの王朝文化』(角川選書)、『平安女子の楽しい!生活』『平安男子の元気な!生活』『平安のステキな!女性作家たち』(以上岩波ジュニア新書)、編著書に『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 更級日記』『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 拾遺和歌集』(ともに角川ソフィア文庫)など多数。

作品紹介

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『はじめての王朝文化辞典』
著者:川村裕子 絵:早川圭子
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『源氏物語』や『枕草子』に登場する平安時代の貴族たちは、どのような生活をしていたのか?物語に描かれる御簾や直衣、烏帽子などの「物」は、言葉をしゃべるわけではないけれど、ときに人よりも饒舌に人間関係や状況を表現することがある。家、調度品、服装、儀式、季節の行事、食事や音楽、娯楽、スポーツ、病気、信仰や風習ほか。美しい挿絵と、読者に語り掛ける丁寧な解説によって、古典文学の世界が鮮やかによみがえる読む辞典。

『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 拾遺和歌集』
編:川村裕子
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『源氏物語』と同時期に成立した勅撰和歌集。和歌の基礎や王朝文化も解説! 「拾遺和歌集」は、きらびやかな貴族の文化が最盛期を迎えた平安時代、11世紀初頭。花山院の勅令によって編まれたとされる三番目の勅撰和歌集。和歌の技法や歴史背景を解説するコラムも充実の、もっともやさしい入門書。

角川ソフィア文庫の紫式部関連書籍特設サイト
https://kadobun.jp/special/gakugei/murasakishikibu.html