インタビュー

津田大介2011年を振り返る(最終回)

未曾有の大震災に見舞われた2011年。
震災を機に、さまざまなモノの在り方が見直されたのは言うまでもない。
今年もツイッター、ニコ動、メルマガ、ラジオなどで情報を発信し続けた、
津田大介さんは2011年をどのように過ごし、何を考えていたのだろうか。
10のキーワードとともに、津田大介の2011年を振り返る。(全4回)

※その1 「政治メディア作り」はこちらから
※その2 「メルマガ」はこちらから
※その3 「ツイッター,facebook,原発」はこちらから


 

組織に属さないでやってきたから
落合型のリーダーにはシンパシーを覚える

――津田さんは中日の落合監督解任についてもかなり辛口な論評をTwitter上で展開しました。

津田:あれもひどいですよね……契約の話でもあるので、それが切れれば更新しない、というのは仕方がないとは思うんですけれど。観客動員が少ないからというのを監督のせいにするというのはおかしいですよ。それを何とかするのは球団やGMの仕事じゃないですか。監督の仕事はあくまで試合に勝つことで、落合さんは現場監督としてそれを十二分に果たしてきたわけです。

落合監督が中日に参加したとき、最初に何をやったかといえば、裏方のスタッフの給料を上げるということだったんですよ。そしてブルペンや練習機材をおカネをかけて再整備した。勝つために球団に対してコストも強いたので、球団経営という観点から見ると「金食い虫」になってしまっていたかも知れませんが。プロ野球自体が斜陽になってきている中で、「勝ってもおカネにならない」という判断で落合さんを切ったのだとすれば、それは選手も含めてプレイヤーに対してリスペクトがなさすぎます。負けてガッツポーズなんて酷すぎる。

――震災の時の菅さん、いまはオリンパスのウッドフォード元社長に注目が集まるなど、日本社会にとってリーダー/リーダーシップの問題がずっと続いているようにも思えます。

津田:僕自身は組織に属さないでやってきたので、落合型のリーダーにはシンパシーを覚えますね。去年くらいから特に強く感じるようになったんですが、メディアも混乱している、日本社会もどこに向かうか分からない――そんな中、僕たちのようなフリーランスでやっている人間が、分野を問わず活躍できる余地が逆にすごく拡がっています。

僕は5年以上前からずっと同じ事を言ってきたんですね。でもそのころは箸にも棒にもかからなかった。でも今は違う訳です。聞いてくれる場所、人が増えたというのが明確に違いとしてあります。もちろん日本人皆が僕たちのような人間になっちゃったら、それこそ日本はおしまいだと思うんですけど(笑)。

でも、しがらみなく活躍できる人間、場が増えるというのは、社会にとっては不安も大きくなる部分もありますが、非常に色んなことがやりやすくなったと思います。落合さんも、きっとどこかでまた監督をやってくれるはず。またユニフォーム姿を見たいんですよ。

――IT業界界隈でも「ノマド」「コワーキング」というキーワードを耳にすることが多くなりました。フリーランスが社会から求められる役割は確かに大きくなっていると言えそうですね。

津田:役目と場所でしょうね。でも、皆が皆そうなることは僕は勧めません。リスクとコストが大きすぎます。僕も結果として食えていますが、早稲田で教えているメディア志望の学生にも、たとえ彼らが今のマスメディアに対して批判的であっても、「まだまだ新聞社は経験詰める。まずは絶対新聞社に入った方が良いよ」とアドバイスしていますから。

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